吸血鬼の巫女

「ヴラド様、お食事の時間です」
 そう言って、少女が首筋を差し出す。
「もうそのような時間か」
 私は、彼女の首筋に牙を突き立てた。
「あっ……」
 少女が甘い声を漏らした。

 彼女はエリス、十代前半の、整った顔立ちの少女だが、どうにも表情が硬い、笑えばかわいいだろうに。
 私は、300年ほどからこの地で暮らす吸血鬼だ。
 この地は国境沿いにあり、隣国との戦いが絶えなない。
 近隣の村では身を守る力を欲しており、私という存在は非常に都合が良かったのだろう。
 そこで、当時の村長と私の間で盟約が交わされ、村を守る代わりに巫女として、村から一人の少女を差しだすこととなった。
 彼女たちは、十歳になるかならないかの時に仕え始め、十五、六歳で結婚してやめていく。

 一年前、先代の巫女が辞めたときに、エリスを紹介されたのだが、未だに彼女の性格がつかめない。
 敬ってはくれる、話しかければ反応も返ってくる、しかしどうにも心を開いていないような感じがするのだ。

「あの……ヴラド様……それ以上、吸われては……、私はそれでも構わないのですが……」
 いつの間にか血を吸いすぎていたらしい、エリスが上目遣いに見上げている。
 吸血鬼に血を吸われたからと行って、必ずしも吸血鬼になるわけではない。
 人が吸血鬼になるのは、吸血行為によって失血死した場合に限る。
 エリスの場合それを望んでいる節がある。
 ……まあ、そう珍しいわけでもないが。

「ヴラド様、今宵は満月です、お月見などいかがでしよう?」
 エリスから牙を抜いて、治療をすませると、少し不満そうな顔をしながらも、そう提案してきた。
「そうか、では、そうしよう、支度を」
「お供いたします」
 こうして我々は月見に行くことになった。

 私達は、月見に来ていた。
 エリスが言い出した事だが、改めて考えると話に脈略がない。
 彼女の話に脈略がないのはいつものことだが、今回は輪をかけて脈略がない。
 少し気になったので尋ねてみた。
「ところでエリス」
「何でしょうヴラド様?」
「なぜ急に、月見に行くなどと、言い出したのだ?」
「今日は、十年ぶりの赤い満月ですよ?見ないんですか?」
「そういえば、そうであったな」
 ここにいたって、ようやく私は思いだした。

 赤い満月。
 それは、我々魔族の力を大きく増大させる。
 確か、魔王協会の資料に、細かいことが書いてあったと思うが……。
 まあそれはどうでもいい。
 とりあえずこの世界では、約十年ごとに上り、そのたびに、この世界に住む魔族は月の光を浴びるのが慣習になっている。
 力の弱い魔物は大勢で集まって宴会を開き、力有る魔族は自らの眷属を引きつれ月の祈るのだという。

 私は巫女のみを連れ、屋敷に程近い丘で月見をしている。
 今年もそうなのだが、エリスがなにやら妙なもをもっている。
「それは何だ?」
 どうやら食物のようだが……。
「これは月見団子です」
「なんだそれは?」
「東方の島国で取れる米という穀物を粉にしたもので作った団子です。その国では月見の時にこれを飾るそうです」
「そうなのか。……ところでどこで手に入れた?」
 このような辺境で、東方のものを手に入れるのは難しい(というかほとんど不可能)はずだが……。
「……企業秘密です。ところでそろそろ丘に着きますが」
 話しながら歩いているうちに、着いていたらしい。
「準備をするのでしばらくお待ち下さい」
 そういって、妙な草の敷物(茣蓙(ござ)というらしい)や、妙な枯れ草(ススキというらしい)取り出した。
 今日のコンセプトは東方風らしい。
「…………」
 本当にどこで手に入れたのだろう?

 その時、背後から声が聞こえた。
「久しいね、ヴラド候」
 その声の主は、腰まで伸ばした白髪(しらかみ)を風もないのにたなびかせ、傍らにメイド服の少女と、その体積の十倍にはなろうかという大荷物を背負った夜色(よるいろ)の全身甲冑を控えさせた、美しい青年だった。

 この後、私達は「旧世界が残せし呪詛の核」を巡る物語に巻き込まれるのだが、それを語るのはまたの機会に譲ろう。