初めての学校(二周年記念)

「永久、学校に通う気はありませんか?」
「がっこう、ですか?」
 永久を買ってから一年、一般常識や魔王協会公用語も、それなりに身に付いて来ました。
 なので、そろそろ学校に入れて集団生活を経験させようと思ったのです。
 ……もっとも、魔王協会系の学校では、倫理教育を可能な限り排除しているため、あまりこう言った事には向いていない気はしますが。
 とは言え、同年代の子供達と一緒に過ごすだけでもそれなりの意味はあるでしょう。
「ええ、実はもう手続きは済ませてあります。これが教科書で、こっちが制服、通学鞄は……そんなに使わない気もしますがこれです」
 永久は、あまり嬉しくなさそうな顔をしていましたが、制服を見た途端何かに納得した様子で口を開きました。
「がっこうでせいふくプレイですね!」
 ……あれ?
「ちがうのですか?」
 永久のとんでもない発想に呆然としていると、彼女は何処か残念そうな調子で首を傾げました。
「……どうしてその様な発想に至ったのかは聞きませんが、断じて違います」
 永久は顔を伏せてしまいました。
 ……仕方がありませんね。
「私も担任として一緒に行きますから、それで我慢して貰えませんか?」
「ほんとうですか?」
 永久の自立を考えるのなら、本当は止めた方が良いのでしょうけどね。
「ええ」
「ありがとうございます、ごしゅじんさま!」

 当日だったので、かなり強引にねじ込む事になってしまいましたが、何とか無事に永久のクラスの担任に収まることが出来、永久の手を引きながら教室の前までやって来ました。
「そうだ、学校では先生と呼ぶようにしなさい」
 普段は諦めるとしても、流石に学校で御主人様は止めさせた方が良いでしょう。
「はい、ごしゅ……せんせい! がっこうではきょうしとせいと、おうちではごしゅじんさまとどれいですね!」
 ……いえ、間違ってはいませんがね。
「……まあ良いでしょう。私が先に入りますから、呼んだら来て下さいね」
「はい、せんせい!」
 そして私は、教室――魔王協会大学付属小学校三年一組の扉を開いた。

「皆さん、お早う御座います。今日からこのクラスの担任をする事になったルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世です。」
 事前連絡など出来ているはずもないので、子供達は何事かと騒いでいましたが、黒板に名前を書きながら自己紹介をします。
「ルーツが名前で、タンタロスが家名になります。エンブリオは母の家名で、ヘルロードは聖号――まあ、称号の様なものですね、十三世は……王様になった順番です。これでも昔は王様をしていたのですよ」
 しばらくしてざわつきが収まると、生徒達から質問の手が上がります。
「前の先生はどうしたんですかー」
 あ、舌足らずではありませんね。
 まあ、永久が同年代の標準であるはずもないのですが。
「退職金は弾んだので、今頃は何処かで豪遊しているのではないでしょうか?」
 因みに、彼女(本人を知らないので、彼である可能性も否定出来ませんが)の退職金は全て私のポケットマネーで払いました。
 ……まあ、永久の養育費の一部と言えなくもありませんしね。
「今日、転校生が来るって聞いたけど、本当ですかー」
 永久が学校に通うのは初めてのはずなので、厳密には転校ではないのですが……まあ、良いでしょう。
「永久、入りなさい」
「はい、せんせい!」
 永久は教室に入ると、教壇に立っている私の隣まで歩いて来ました。
「とわ=さくらのこうじ=アイオーンと申します、とわとよんでください。がっこうにかようのははじめてなので、そそうをしてしまうかもしれませんが、よろしくおねがいします」
 永久は舌足らずながら立派な挨拶をすると、スカートの両端を摘んで綺麗な礼をしました。
 しっかり挨拶が出来るのか心配していましたが、杞憂だったようです。
「彼女も自分で言っていた様に、彼女は学校に通った事がありません。だから、少し変わった事をしてしまうかもしれませんが、仲良くしてあげて下さいね」
 子供達からは元気な肯定の声。
 これなら大丈夫……ですよね?

 さて、魔王協会系の小学校の科目について少し説明いたしましょう。
 魔王協会系の学校では、種族や文化の違いに関わらず、望む者全てに教育を施すと言う理念に基づき、あらゆる文化圏から生徒を募集しています。
 そのため、幼少時の倫理教育は子供達の属する文化圏で行うのが好ましいとして、倫理系の科目が可能な限り省かれている事が大きな特徴です。
 結果として、算数や理科、そして魔術が主要科目に、共用語(魔王協会共用語)や歴史(魔王協会史)が副次科目となっています。
 因みに、二年生までは理科と魔術を合わせて、世界と言う科目として学びますが、……今回は三年生ですから考えなくても良いでしょう。

 今朝は気が乗らなそうだったので心配していましたが、永久は意外な程にあっさりとクラスに溶け込んでしまいました。
「もうしわけございませんが、わたしはちのいってきたましいのひとかけらまでせんせいのものなので、あなたのきもちにはこたえられません」
 ……男子からの告白を、不穏な文句で断っていたのが気になりますが。