愛し子達に幸いを(2008年クリスマス)

「御主人様、ツリーの飾り付けが終わりましたよ!」
 先程まで重力制御等の魔術を使って、全長数百メートルのクリスマスツリーの飾り付けをしていた永久が、濡れ羽色の髪と、その上に被った帽子を揺らしながら駆けてきた。
 因みに、いつもはメイド服の永久も今日はサンタ仕様。
 永久は何を着ても可愛らしいですね。
 今、親馬鹿とかロリコンとか聞こえた様な気がしますが……、気にしません。
「こちらの準備も出来ましたから、そろそろ御茶を煎れましょう」
 クリスマスケーキの準備も終わり、後は御茶を片手にゆっくりと過ごすだけ。
「はい、御主人様!」

「永久は、ミルクも砂糖も入れずに血液を少々、で良かったですね?」
「はい、御主人様!」
 今日は、お茶請けがケーキなので紅茶。
 もっとも、時には緑茶にケーキと言うのも中々乙なものですが、等と取り留めもないことを考えながら、手首を切って永久の分の紅茶に血を注ぐ。

「そう言えば御主人様、毎年祝っていますが、クリスマスって何の日なのですか?」
 永久が素朴な疑問を発する。
 まあ、百年近くもその問いが出なかった事は、奇跡に近いのですが。
「クリスマスと言うのは、とある世界にあるキリスト教と言う宗教の開祖が生まれた日です。もっとも、正確な日付なのかどうか怪しい所もありますし、そうでなくとも異世界である以上、時間軸や暦の違いはあるので、確実に本当の日付からはずれている筈ですけどね」
 ここまで語ると、当然のある疑問が浮かぶ。
「所で、どうして信者でもないのに、その人の誕生日を祝うのですか?」
 実の所、万民を納得させられる様な、正当性の高い理由も幾つかあった。
 ……しかし、一番の理由は。
「永久のコスプレが見たいからです」
 ……我が事ながら、長く生きすぎると、価値観が歪んで来ます。
「ありがとうございます、御主人様!」
 永久の反応もどこか間違っている気がしますが……、可愛いので良しとしましょう。
「後で、サンタクロースに差し入れを持って行きましょうか?」
 あの老人の姿をした怪異は、いつも何をしているのかは分からないが、今日だけは異常な激務に追われている。
 因みに、私達が今日をクリスマスと認識しているのは、実は彼の活動日が今日だからだったりする。
「はい、御主人様!」

「ヌォォォッッ! 手伝ぇぇぇい!」
 私達が、ケーキと紅茶を手にサンタクロースの元を訪れると、例年通り無数のプレゼントに埋もれた老人が叫んでいた。
 彼は、純粋な子供達の夢から生まれた怪異、本来明確な自我を持たず、己の設定に忠実に振る舞い、人々に夢を与えるだけの怪異。
 ……だった筈なのですが、最近妙な性格になって来ました。
「今年はこのタイプですか……」
 サンタクロースを信じる純粋な子供達の元、にプレゼントを届ける。
 言うだけなら簡単だが、実行は困難を極める。
 ……以前は、「何故か」実行出来ていたのですが、最近は光よりも早く飛び回ったり、数万数億と言う人海戦術で各地に分かれる等、理由付けの様なものを行う様になっています。
 ……今年は、一晩で世界中を回る様な無茶を実行出来る知り合いに助けを求めるタイプのサンタクロースだった様です。
 ……一晩で世界中を回る様な、無茶を実行出来る知り合いが、私で無ければ良かったのですが。
「おお、手伝ってくれるか! 我が心の友よ!」
 サンタクロースは、私の返事を待たずに叫んだ。
「今回も手伝うのですか、御主人様?」
「仕方がありません、彼自身には、サンタクロースとしての役割を果たす能力は無いのですから」
 以前、彼の要請を断った時は、百件も回れなかったらしい。
 後でそれを聞いて、妙に後ろめたい気分になった記憶がある。
「はい、御主人様!」
 永久が元気よく答えた。
「御嬢ちゃんには、これをやろう」
 そう言って、サンタクロースが取り出したのは、小瓶に入ったショッキングピンクの怪しげな液体。
「これは強力な媚薬じゃ、これを使えばルーツの奴も理性をかなぐり捨ててるじゃろうて」
 サンタクロースは、下品な笑みを浮かべて、永久に耳打ちした。
「雷光よ貫け」
「グフォアッッ!」
 雷がサンタクロースを貫いた。
「永久も、そんな物捨てて……」
 仕舞いなさい、と言おうとしたのだが、それは許されなかった。
「んっ……」
 私の言葉は、永久の唇によって遮られた。
 そして、「何か」が私の口に流し込まれた。

 それが、先程の媚薬であることに気づくまで、数秒の間があった。
「ど、どうですか?」
 永久が、頬を赤らめながら、上目使いに尋ねた。
「滅んだ王国の朽ち果てた天秤よ、今一度、調和を取り戻したまえ」
 このままでは、何時までも理性を保つ自身がなかったので、永久に襲いかかる前に解毒した。
「む、あれに耐えるか。我慢する意味も無かろうに」
 復活したサンタクロースが、不穏なことを呟いたので、消し飛ばしておいた。
 これで、来年まで復活することはないだろう。
「ご……、御主人様、そ、その、体が熱くて……」
 永久が、顔を真っ赤にして、そんな事を言い出した。
 先程、口移しで媚薬を飲ませた際に、少量飲んでしまったのでしょう。
 解毒してしまっても良いのですが……。
「折角です、罰として明日までそうしていなさい」
 時には、このような趣向も良いでしょう?

「あ、あの、御主人様。空の上って、ある意味で密室ですよね?」
 雪が舞い降る中をしばらく進んでいると、永久がこんな事を言い出した。
「はい、確かにそうですねえ」
 魔術を使えず、科学技術の助けも借りない人間が、ここに来ることは不可能だろう。
「そ、その、襲ったりしませんよね?」
 そんな事を言いながら、むしろ期待するように私を見つめる。
「はい、襲ったりはしませんから、安心して下さい」
 少し、意地悪に返してみる。
「むう」
 永久は、拗ねたように言うと、私の首筋に牙をたてた。
 こんな、いじらしい永久を見られたと思うと、あのサンタクロースに感謝しても良いような気分になる。

 甘い毒の様に、優しい嘘の様に、雪は全てを覆い隠していく。
 それは、何処までも優美で、そして幻想的だった。
 この雪でさえも、全てに平等な分けではないと、知ってはいるけれど。
 それでも、今くらいはこの傲慢も許されると信じて。

「愛し子達に幸いを……」