「ふむ、これで良いでしょう」
綺麗に飾り付けられた部屋を眺めて呟く。
「はい、御主人様!」
隣では、モコモコのサンタ服を着込んだ、濡れ羽色の髪の少女――永久が私の言葉を肯定している。
……彼女の場合、何を言っても肯定するので、判断の参考にはならないのですが。
「では、始めましょうか?」
「はい、御主人様!」
今日は一年ぶりのクリスマス。
魔王協会では宴会の口実でしかありませんが、元々はある宗教の聖人――いえ、救世主でしたか――の誕生日だそうです。
……彼のエピソードに習って石をパンに変えてみたところ、ゲストとして招いていた聖職者達が微妙な顔をしていたのは何故でしょう?
……因みに、石から作ったパンは不味くはなかったものの、美味しくもない微妙な味でした。
「……味がありません」
……はい、永久が言った通り、味などありませんでした。
小さなトラブルはあったものの、宴は穏やかに進行し、聖職者達は帰路に就いた。
「そう言えば御主人様」
「どうしました?」
後片付けが終わって一息ついていると、永久が声をかけてきました。
「今年のサンタクロースは、もう現れたのでしょうか?」
「そうですね、この時期に居ないのならば今年は現れないと考えた方が良いでしょう」
サンタクロース――クリスマスの時期に現れて、サンタクロースを信じる子供達の枕元にプレゼントを届ける、子供達の夢から生まれた怪異。
最近は、毎年バリエーションに富んだ姿で顕現しているのですが……去年は、私達にプレゼントの宅配を押しつけるタイプでした。
……あの時は、永久がサンタ特製媚薬を飲んでしまって大変でしたね。
それにしても、永久は極端に薬が効き難い体質だったはずですが……、どれだけ凶悪な薬を用意していたのでしょう?
「今年も、見に行くのですか?」
「ええ、放置すると妙な事になる場合がありますから……」
……酒を飲んで翌日まで眠りこけていた時や、高笑いしながら世界征服をしようとしていた時の事を思い出すと、遠い目をせざるを得ない。
「……今年は普通の――せめて、問題を起こさない顕現をしていると良いのですが。では、行きましょうか」
「はい、御主人様!」
「…………」
「あの、御主人様?」
「……いえ、大丈夫です。少し驚いてしまっただけです」
鋼色に輝く肉体、ソリを模した飛行機械と一体になった下半身、飛行機械の後部に接続された恐らくプレゼントが入っているだろうコンテナ、位置的にトナカイを模していると思われる八本の足を持つ謎の機械。
……申し訳程度に被っている帽子がなければ、あの物体をサンタクロースだとは認識出来なかったでしょう。
「……今年のサンタクロースは――それこそ機械の如く正確に、己の役割を果たしてくれる事でしょう。うん、それで良いではありませんか」
「はい、御主人様!」
永久も納得してくれた事ですし、今年はあれで良いとしておきましょう。
「コンバンハ、たんたろすカイチョウ。イチネンブリデスネ」
やはりと言うべきか、彼の声は露骨な機械音声でした。
……私としては、去年の貴方と今年の貴方を同じものとして扱っても良いのか、少々疑問に思うところですが……、一年ぶりと言うからには記憶と認識は共有しているようですね。
……論文に書いておきましょう。
「お久しぶりです……」
……会話せずに立ち去ろうと思ったのですが、見つかってしまっては仕方がありません。
「トワサマニハ、コレヲシンテイイタシマス」
サンタクロースはそう言って、コンテナからプレゼントの包みを取り出した。
「あ、有り難う御座います」
永久は戸惑いながらそれを受け取ると、綺麗な礼をした。
きちんと礼儀作法が身に付いた様で、私は嬉しいですよ。
「ソレデハ、イソガシイミユエコレデシツレイサセテイタダキマス」
永久にプレゼントを渡し終えたサンタクロースは、反重力システムで浮かび上がると、轟音を響かせながらジェットエンジンで飛び去って行きました。
……おや、外見以外は存外まともだった様な?
「ところで、プレゼントの中身は何でしたか?」
「あ、今から開けてみますね」
永久が包装を解くと中から出て来たのは、しっかりした作りの黒猫のぬいぐるみでした。
まともでした。外見以外は近年稀に見る程まともなサンタクロースでした。
……来年も、この様なサンタクロースだと良いのですが。