淡雪の姫01

「あの、疲れたのですが、休ませて下さいませんでしようか?」
 御者を務める黒騎士が、本日五回目になる嘆願を口にした。
「私はアルビノですし、永久(とわ)もダンピール(人間と吸血鬼のハーフ)ですので、こうも日が照っていては、変わってあげることが出来ないのです、すいませんね」
 そんな黒騎士に、私は白々しく答えた。
「いえ、ですから、馬車を止めて休もうと……」
「早く街に着きたいので、却下です」
「…………」
 と、黒騎士が、沈黙したところに、別の声が、割り込んだ。
「日が沈んだら、私が代わりましょうか?」
 先ほど話題にあがった永久である。
「夜になる頃には、街に着きますよ?」
「はい、分かりました♪ ところで、馬は大丈夫なのですか?」
 永久が、黒騎士と同じく、朝から全く休んでいない馬たちの心配をしてきたので、この馬がいかに頑強か説明する事にした。
「これを提供した、技術部の者によれば、遺伝子操作で改造した馬を、さらに選抜した馬なので、十日間不眠不休で走り続けても、大丈夫だそうですよ」
「そうですか? でも、たまには休ませてあげて下さいね?」  こうして私たちは、馬車を走らせ続け、夕暮れ時には、街に入ることが出来た。

 日が暮れてから、宿に荷物と馬と黒騎士を預け――我々の馬が、何か赤黒い物を貪り食っていたような気がしたが……考えない事にしよう――街へ繰り出したのだが……。
「ふむ、妾以外の白子を見るのは、初めてじゃのう」
 ……なぜか、私は十代半ば程の古風な物言いの少女――髪や肌が白いところから見て、私と同じ、アルビノだろう――にじっくりと観察されていた。
「……何をしているのかな?」
 この問いに彼女は、どこか的外れな答えを返してきた
「妾か? 妾はシークスと駆け落ち中じゃ」
 ……そういうことを聴いた分けではないのですが。
「なんですか、御主人様をじろじろ見て!」
「なんじゃ、使用人風情が!」
 黙っていると、永久が怒り出して、少女と口論を始めてしまった。
 さて、どうやって収拾しようか?
 そう考えていたところに、一人の青年が走ってきた。
「おーい、シルフィー!」
「む、もう追いついたか」
 少女――シルフィと言うらしい――は残念そうに呟いた。
「すいません、シルフィが迷惑をかけなかったでしょうか?」
 頭を下げながら、青年――シークス――が訪ねた。
「いえ、特には。ところで駆け落ち中とお伺いしましたが?」
 少し気になったので、聴いてみることにした。
「そうじゃ、一度、昼の世界を見てみたくての、シークスに頼んで、屋敷から抜け出したのじゃ」
「それは、駆け落ちではなく、ただの脱走なのではないですか?」
 永久が、昼の世界云々にはふれずに、訪ねる。
「む、そうかもしれぬの」
 ……なにやら、あっさりと認めてしまいました。
「まあ、それはどうでもよい、父上は私が白子であると言うだけで、日中ずっと、窓もない部屋に閉じこめておるのじゃ」
「夜はちゃんと、護衛付きで外出しているんですけどね」
 シルフィの言葉をシークスが補足する。
 ……ちなみに、白子――アルビノ――が、あまり日光に当たらない方がよいというのは事実である、メラニン色素がないため、皮膚ガンになる確率が、常人の比ではない。
 この世界には、抗紫外線クリーム等もないため、彼女の父の対応は(たとえ体面を気にした結果だとしても)悪くないとは思うのだが……。
 しかし、だからといって、納得できるものでもないのだろう。
 このことを伝えると。
「ふむ、そういう理由じゃったのか。ところで、こうしがいせんくりーむとは、なんじゃ?」
 ……この世界には、有りませんからね……。
「先ほど言ったように、この世界には存在しないものなのですが、皮膚に有害な、紫外線を防ぐためのクリームです。……これです」
 そういって、懐から、抗紫外線クリーム〜百五十パーセント〜吸血鬼用〜を取り出した。
「これが有れば、直射日光に当たっても、お肌がひりひりしません! ……少しぬるぬるしますけど……」
 なぜか、永久が胸を張って、力説する。
「それは、便利そうじゃな!」
 紫外線で苦労していたのだろう、あまりにも、目を輝かせているので。
「よろしければ、一ダースほど、差し上げましょう」
そう言いながら、更に十一個ほど取り出す。
「本当か!」
 シルフィがうれしそうに言う。
「ありがとうございます、えっと」
 そういえば、まだ彼らに、名前を教えていなかった。
「まだ、名前を教えていませんでしたね。私はルーツ、この子は永久です」
「この辺りでは、あまり聴かない、お名前ですが。遠くの方から、お越しですか?」
「ええ、東の方から」
 素直に異世界から来たと言っても良かったのだが、細かな説明が面倒くさそうだったため、誤魔化す事にした。

 この後、しばらく世間話をして彼らと別れると……。

「もう、太陽が昇りますね」
 赤く染まり始めた空を、見上げながら、永久が言った。
「すっかり話し込んでしまいましたからね。持ってきた、抗紫外線クリームは、勢いで全部シルフィにあげてしまいましたから、一旦、宿に戻りましょうか?」
「はい、御主人様♪」
 私たちは、宿でへばっていた黒騎士を拾い、この街を後にした。