シルフィたちと別れしばらくたったある日の朝、 目を覚ますと首に違和感があった。
意識をそちらにやると、メイド服の少女――永久――が頸動脈に牙を立てたまま眠っていた。
昨晩、永久に血をすわせているときにそのまま眠ってしまったことを思い出した。
起こそうかとも考えたが、幸せそうに眠っていたのでもうしばらくその寝顔を鑑賞することにした。
――永久は、ダンピール(人間と吸血鬼のハーフ)であるため、真性の吸血鬼程ではないがある程度の吸血衝動がある。そのため、毎晩私の血を吸わせている。
……もっとも、毎日吸う必要もないはずなのだが。
「ふみゅ」
しばらく、寝顔を眺めていると、永久が、目を覚ました。
そして、つい先ほどまで、私の首に、牙を立てていたことに、気づくと。
「す、すいません!」
あわてて、体を離して。
「そう言えば、今、どこに向かっているんですか?」
話題を変えるように、訪ねてきた。
「今更ですね、別に構いませんが。我々が、向かっているのは、グライアと言う、地方都市です。小さな街ですが、白い鷺鳥亭の鷺鳥の蒸し焼きは、絶品らしいですよ」
「それは楽しみですね!」
「ええ、本当に」
「そこの馬車、止まれ!」
太陽が、中天にさしかかった頃、馬車の外から、声が聞こえた。
「はっ、はいっっっ!」
黒騎士が、条件反射で馬車を止めてしまう。
「何か、あったのでしょうか?」
永久が、声に、不安をにじませながら聴いてきた。
「解りません、まずは、外に出てみましょう」
「はい……」
外に出てみると、二十人ほどの、鎧を着た男達が、立っていた。
立派な装備をしていたので、少なくとも、山賊と言うことはなさそうである。
「ギャーッ! 血、血がっ!」
……忘れていました。
つい先ほどまで、永久に、血を吸わせていたため、私の首からは、未だに大量の血液が、流れ続けていた。
「す、すいません!」
永久が謝った。
彼らとしては、意味不明だろうが……。
「ああ、すいません、今治しましょう」
彼らを、納得させられる言葉が、見つからなかったので、とりあえずは傷を治すことにした。
「生と死を司りし王よ、我が傷を癒せ」
呪文を唱えると、傷は、たちどころに消えた。
もっとも、傷をふさぐまでに、流れ出た血はそのままなので、あまり見た目は、あまり変わっていない。
「なんの、ご用でしょうかな?」
「あ、ああ、我々は、グライア領主グノーシス伯爵に使える騎士だ」
私の言葉に、多少は、理性を取り戻したのか、彼らは、語り始めた。
「我々は、グノーシス伯の命で、二日前、駆け落ちした、グノーシス伯の息女、シルフィード=グノーシス嬢と、その護衛をしていた、シークスという、騎士を追っているのだ。よって、馬車の中を改めさせていただきたいのだが」
「構いませんよ」
そう言って、私は、彼らを馬車の中に招き入れた。
五分後……。
「……怪しい物は、多々ありましたが……、シルフィード様に関係のありそうなものは、一切ありませんでした。よい旅を」
隊長らしき男が、げっそりした顔で、そう告げて、足早に立ち去った。
さて、何を見たのでしょうね?
「ねえ、御主人様」
鎧の一団が、見えなくなったところで、永久が、口を開いた。
「あの人たちが、言っていたのって、シルフィ達のことでしょうか?」
「そうでしょうね、念のため、彼らの記憶を、読ませていただいたので、間違いないでしょう」
私が、そう答えると。
「よかったんですか?教えてあげなくて?」
「その方が、面白そうだったので」
「なるほど、あんまりすぐに見つかると、盛り上がりませんからね」
「はい、御主人様! それよりも、グライアに行くついでに、シルフィの両親に、会ってみませんか?」
「それは、いいですね、どんな人でしょう?」
「うーん、どんな人なんでしょうね?」
と、ここで一旦、言葉を切り。
「ところで、来ましたよ」
私が、ある人物の、来訪を告げると。
「そういえば、そろそろ来る頃ですね……」
……そう言えば、永久は、彼のことが、嫌いでしたね。
「今回は、どうするんですか?」
「特に、必要ないので、すぐに帰ってもらいます」
そう答えると。
「はい、御主人様!」
永久は、嬉しそうに、そう言った。
……彼も、相当嫌われていますね。
そのとき、窓の外から、大声が、飛び込んできた。
「見つけたぞ! 魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世!」
……彼の名はカイル。
いわゆる、勇者という奴です。
私が、行く先々に現れて、(私の長い、フルネームを呼んだ上で)、戦いを挑んでくる、困った人です。
「さあ、出てこい! ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世! 今日こそは、貴様を滅ぼしてやる!」
カイルが、馬車に剣を向けながら、言い放った。
……どうでも良いですが、毎回、一撃で吹き飛ばされているのに、なぜ、あんなにも、自信に満ちあふれているのでしょう?
まあ、それはさておき、このまま座して滅ぼされるわけにもいかないので、窓から身を乗り出して、呪文を唱える。
「風よ、我が命に従い、彼の者に裁きを与えよ」
「ギャーッ!」
腐っても勇者と言うことか、一般人ならぼろ雑巾となる攻撃を、地の果てまで吹き飛ばされるだけで耐え抜いた。
「まあ今回、彼の出番は、これで終わりなんですけどね」
「彼、なんのために出てきたんですか?」
「今回は、顔見せです。これからも、毎回のように出てきますよ」
「殺さないんですか?」
「彼は彼で、面白いですからね。まあ、永久がどうしても、というのであれば殺しますが」
「御主人様がそう言うなら、今のところはいいです」
「ではそろそろ出発いたしましょうか」
「はい、御主人様! あ、首筋の血はお拭きいたしましょうか?」
「まだついたままでしたね、お願いします」
こうして、私たちは、再びグライアに向けて出発した。