淡雪の姫03

「グライアが見えましたよ!」
 今日はちょうどいい曇り空だったので、永久と二人、馬車の幌の上に座って景色を眺めていた。
 馬車が時速八十キロで走っていたためか、すれ違う人々に奇異の目で見られたが……、永久の笑顔が見られたのだから、そんなことは些細なことだろう。

 前回、何の脈絡もなく現れたカイルを退けた後は特に変わったこともなく、グライアの近くまでたどり着けた。
 シルフィを探す騎士や、山賊には何度も遭遇したが、まあこれはどうでもいい。

 その後、約一時間でグライアにたどり着いた。
 すぐに白い鷺鳥亭に宿を取り、馬を厩舎に預け――肉食である事を伝えると怪訝な顔をされた――まずは評判の鷺鳥の蒸し焼きを頼んでみた。

「作るのに十時間ぐらいかかるそうです……、先に伯爵に会ってきましょうか」
「それは仕方ありませんね、……楽しみにしてたのに」
「無理やり早く作らせましょうか?」
「それをすると、あの人はどうなるんですか?」
 私の言葉の中にどこか剣呑なものを感じたのだろうか、永久はそんなことを聞いた。
 ちなみに実行して時の流れを速めた場合、局地的とはいえ時空を歪めるわけだから、歪みが物理現象に転化すればこの街は跡形もなく消え去り、例えそうならなかったとしても、他の時間軸とつながって原始人や恐竜のようなものが出てこないとも限らない。
 とは言え、私ならそのようなミスをするようなことはほぼないし、例え起こったとしても用意に処理できる。
 彼女が言いたいのはそのようなことではなく、蒸し焼きを作ってくれる宿のおじいさんのことだろう、彼は一瞬で十時間分の加齢と疲労を行なうことになる、十時間ばかり年をとったところでどうということもあるまいが、時間を加速した場合、一瞬認識が遅れ一気に疲労することがよくある。
 あの、おじいさんの体力にもよるが、見た目道理なら恐らく死亡するだろう。
「死んじゃうならやめて下さいね」
「では、止めておきましょうか」
「はい!」

 結局、先に伯爵の元へ行くことになった。

「伯爵に会う前に、街を散策しませんか?」
 宿を出たところで、永久が提案した。
「それもそうですね」

 今日は生憎の曇り空だが、街は活気に満ちていた。
「あ、あの鳥、美味しそうです! 御主人様買って下さい!」
「いいですよ、……でも、たぶんあれは食用ではありませんよ?」
 永久は、ペットショップの鳥を指して美味しそうと言っていた。
「あっ!」
 今、気づいたらしい。
「じゃあ、死んじゃうまで飼います」
「そして、その後食べるのですか」
「はい!」
 永久は満面の笑みで答えた。
 ……私は育て方を間違えたのかもしれない、魔界だけでなくもっと他の世界も見せるべきだったか……。
「毎度あり!」
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
 あれ、そう言えばあの鳥って……。
「死んだら美味しく食べてあげますね!」
「アリガトウ、アリガトウ」
 ああ、やっぱり……。
 理解してないでしょうがそこでそれはまずいですよ……。
 ほら、店主が閉店の看板を持ってきてしまった。
 ……まあ、いいか。
「そろそろ伯爵のところに行きましょう、御主人様!」
「え、ええ、そろそろ行きましょうか」
「大丈夫ですか?御主人様?」
「いえ、何でもありません。さあ、行きましょう!」
「はい!」

「止まれ!何者だ!」
 屋敷の前に行くと門番に止められてしまった、まあ、素直に名乗るとしましょう。
「我々は旅の者です、私は、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、ルーツと呼んで下さい、この子は永久、領主にお取り次ぎ願いたい」
「しばし待たれよ」
 そう言って屋敷の中へ入っていった。
「どうでも良いんですが、代わりの人を置かずに持ち場を離れてもいいんでしょうか? どう思います、御主人様?」
「私なら首にしますね」
「大丈夫でしょうか……」

 彼の行く末はどうでも良いので置いて置くとして、十分ほどで彼は戻って来た。
「伯爵は御会いになられるそうだ、私に付いてきて貰おう」
「わかりました」
 彼の後ろに付いて屋敷に入ってゆく。

「連れてまいりました!」
「よろしい、下がっておれ」
「はっ!」
 伯爵の言葉に従い、彼が部屋を出た後に。
「……奴は首だな」
 伯爵はつぶやき。
「さて諸君、シルフィの様子はどうだったかね」
「中々に御元気そうでしたよ」
「ほう、それは何よりだ」
「あの、何で伯爵が知っているんですか? 御主人様?」
 なぜか自然に進んだ会話に、最もな疑問を投げかけたのは、永久だった。
「親バカのなせる業じゃ」
 と、これを答えたのは伯爵。
「カイルが私達を見つけるのと同じですよ」
「なるほど、分かりました!」
 ここで伯爵に向き直り。
「騎士団が必死に探しているのに、貴方はなぜそんなにも落ち着いているのか教えていただきたい」
「ふむ、この辺りで誰かに話すのもよいかも知れんが、少し長くなるがかまわんかね?」
「どうぞ、御話下さい」
「そうか、では始めるぞ」

 あれは、寒い冬の日じゃった。
 四十路を超えてはじめて授かった子供じゃったから、わしも興奮しておった。
 生まれてきた子供が真っ白じゃった時は驚いたが、すぐに愛おしさがこみ上げてきたわい。
 産婆が白子じゃから太陽に当てるな、とか言っておったから、いろいろ調べてみたんじゃ。
 結局、昼はいつも閉じ込めて置くような事になってしまったから、かわいそうに思っておったんじゃ。
 少しくらいスリルが有ったほうが良かろうと思って騎士団を出したりはしたが、今回のことも何かの息抜きになれば良いと思っておる。
 帰ってきて何かあった時のために、世界中から一流の医師を集めてある。

「と、まあそんな訳でそこまで心配もしておらん、シークスも居るしな」
「なるほど」

 この後、しばらく伯爵と談笑した(話題は二転三転し最後には魔術による神の創造が話題になっていた)。

「ふむ、古い時代にはそのようなことも試みられておったのか……」
「では、我々はそろそろ宿に戻ります」
「もう帰ってしまうのか、まあ良い、また近くに来た時には寄って行くといい、歓迎しようぞ」
「ありがたいお言葉感謝します、それでは」
「うむ、また来るとよいぞ」
「さようなら」
 ……そういえば今回はほとんど喋らなかった永久ですが、ずっと例の鳥に話しかけていました、名前はピー君に決まったようです。

「永久、宿に戻る前にこの街の支部によりますよ」
「はい? 構いませんが、何か用でもあるんですか?」
「伯爵は、医師団を用意していると言っていましたが、皮膚ガンになった場合、この世界の医療レベルで対応することは難しいと思うので、対応できるよう手を打っておきます」
「はい、御主人様!」
 こうして、魔王協会の支部によって話を通しておいた。

 これは余談になるが、この後、宿で食べた鷺鳥の蒸し焼きはとても美味しかった。
「おいしいです!」
「十時間も待った甲斐がありましたね」
「はい!」