淡雪の姫04

 翌日、グライアを出て次の村に向かう道すがら。
「次はどこに向かうんですか?」
「ユリルという小さな村です、あそこにはこの世界の魔王協会支部をまとめる大きな支部があるので、そこで準備をして次の世界へ向かおうと思うんですが、この世界にやり残した事はもうありませんでしたよね?」
「シルフィ達の事は良いんですか?」
「…………」
「あの、もしかして忘れてましたか? 御主人様?」
「ええ、すっかり忘れていました、一段落着くまで見守ることにしましょうか?」
「はい!」
「オイシイ、オイシイ、オニクダヨー」
 ピー君……。

「世界よ、その真の姿を我が前に示せ」
 私の言葉に従い、世界はその全てを私の前にさらけ出した。
「どうです? シルフィ達の場所は分かりましたか?」
「ええ、どうやらユリル村に向かっているようです」
「分かりました! このままユリル村に向かいましょう!」

 その日の夕方、村に入った私達は魔王協会の支部に向かった。

「お久しぶりです会長、永久様、相変わらず仲睦まじいようで何よりです、そもそも愛とは相互への絶対的な依存であり……」
 出迎えに来た支部長は、私達の顔を見るなり挨拶もそこそこに愛について語り始めてしまった。
 こうなると余程のことがない限り話し続ける。
 それにしても……依存、ですか、確かにこの子と会う前は結構無茶もしましたね。
 私はクスリと笑った。
「どうしましたか? 御主人様?」
「いえ、何でもありませんよ」
 そう言って永久の頭を撫でた。
「ふみゅ〜!」
 永久は目を閉じて幸せそうな声を上げた。
「故にエロスとアガペーは表裏一体の物であり……」
「オニク、オニク、ランランラン……」
 …………。
 もう少し感傷に浸らせてくれても良いと思うんですが……。
「明日の夜、村の収穫祭がありますで、御二方も楽しまれると良いでしょう」
 いつの間にか支部長の話は終わっていたらしい。収穫祭ですか……。
「楽しみですね! 御主人様!」

「そう言えばシルフィ達はいつ頃着きますか?」
「そうですね、このペースなら明日の朝方頃でしょうか」
「一緒にお祭り回れますね!」
「ええ、楽しみですね」

 この後、馬車や黒騎士を職員に任せ、エレベーターに乗り最上階のスイートルームへ向かった。
 ちなみに、この魔王協会ユリル村支部の建物は地上五十階のビルであり、このファンタジーの世界、しかも小さな村にある事はかなり不自然である。
 魔王協会は「未開世界の健全発達に関する条約」には調印していないとは言え、いくら何でももう少し考えた方が良いと私でも思う。
 しかし、このような支部は他にも多数存在するため、対応が難しいのが現状である。
 それはさておき。

 今、私は窓から村を眺めながら、永久に血液を吸われていた。
「ところで御主人様?」
「何です?」
 永久が一旦吸血をやめて尋ねてきた。
「いつも思い切り噛みついてますけど、痛くありませんか?」
「まあ、確かに少し痛いですが、吸血鬼の吸血行為は血を吸われる側に強い性的快楽をもたらすので、ほとんど気になりませんよ」
 この事を告げると、少し頬を赤く染めて。
「そ、その、もしかして、何時もむらむらしてたとかありませんよね?」
「実は少し……」
 永久は真っ赤になってうつむいてしまい、ぽつりと。
「あ、あの、襲いたかったら襲っていただいてかまいませんから……」
 そう言った後は、再び膝の上に乗り吸血を再開した。
 ……これは誘われているんでしょうか?
 この後、襲ったのかどうかは書きません。

 翌朝、微睡みに身を任せていると。
「……しゅ……さま、ごしゅ……んさま、御主人様」
 何故か浴衣に身を包んだ、永久に起こされた。
「おはよう、こんな朝早くから、何かありましたか?」
「はい、シルフィ達が追っ手と戦っています!」
 窓から村の外を見ると、確かにシークスが一人で百五十人ほどの騎士を相手に戦っていた。
 中には弓兵や魔術師も混ざっているらしく、シークスに勝ち目はほぼ無い。
「シルフィ達の冒険はここで終わりですか」
「そうだと思います。お祭り一緒に回りたかったな……」
「私が騎士団を追い払いましょうか?」
「あ、そこまでしてもらわなくても良いです。ただ少し残念だなって思っただけですから」
「なら構いませんが、ん?」
 騎士団の弓兵達がシークスを狙って一斉に矢を放った、そして、なんとそれを観ていたシルフィが、騎士団とシークスの間に飛び出したのである。
 シルフィに突き刺さる無数の矢。
 かばわれたシークスも、矢を放った騎士達も戦意を喪って呆然としている。

「……彼ら、粛正部隊ではありませんでしたよね?」
 シルフィに刺さった矢は少なく見積もっても二十本、頭部や胸にも刺さっているので、たとえ魔術を使ったとしても、この世界の技術で蘇生させることは不可能だろう。
「あの、御主人様……」
「分かっています、ちゃんと直しますよ」
「はい、御主人様! あ、パジャマのままじゃ何ですから御着替え手伝いますね!」

 なぜか浴衣に着替えました、この世界でこの格好だと少し問題になるのですが……。
 まあ、この村なら今更でしょうか。

「シルフィ……」
「…………」
 下に転移してみると、案の定重い空気が漂っていた。
「シルフィ嬢を救いたいですか?」
 私の唐突な問いかけに対し、彼らは。
「シルフィを助けられるなら何でもします! ですから、どうかシルフィを助けて下さい!」
「当然だ! シルフィード様は私の太陽! 我が身をなげうつことに何の躊躇いもない!」
 ……ちなみに後のは騎士団長です、この後延々と愚痴を言い続けていますが、どうやらシルフィを偏愛していたようで、シルフィを連れ出したシークスを逆恨みしてあのような指令を出したようです。
 まあ、それは良いでしょう。
「分かりました、しかし魔王にの願いを叶えてもらいたければ何らかの代償が必要です、さて……」
「我が命、シルフィード様のためなら惜しくなど無い!」
 この騎士団長、カイルと同じタイプです……。
 まあ、良いでしょう……。
「代償は、あなたの死後の魂でいかがですか?」
 私はシークスの方を見ながら告げた。
「分かった、それでシルフィが助かるなら魂でも何でもくれてやる!」
「では、この契約書にサインを……」
「おい! 俺は無視か!」
 騎士団長、うるさい……。
「はい、これで構いません」
 シークスのサインを確認した私は呪文の詠唱を開始した。
「生と死を司りし王よ、最後の聖王にして魔王協会の盟主たる我、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世の名と権勢において命ずる、シルフィード=グノーシスの魂をこの世界に帰したまえ」

「ん? どうしたのじゃ、シークス? そんな泣きそうな顔をして? なっ! 抱きつくな無礼者!」

「これで、大丈夫そうですね」
「はい、御主人様!」
「我々は二人の邪魔にならないように、出店の準備でも手伝いに行きましょうか?」
「はい、御主人様!」

 この日の夜。
「あ、御主人様、あれ欲しいです」
 そう言って永久が指し示したのは、射的の景品になっている巨大な熊のぬいぐるみだった。
 あの大きさなら、取れないこともないか。
「分かりました。一回分お願いします」
 そう言って夜店の主に十ゴールドを手渡した。
「あいよ!」

 その後、一発で特賞の景品であった熊のぬいぐるみを落として射的屋の店主に呆然とされたり、永久と一緒に夜店の焼きそばや、リンゴ飴を食べながら歩いたり、金魚すくいの金魚を全て取ってしまったりしながら祭りの夜は更けていった……。

「あの後、私を救ってくれたのは御主だったそうじゃな、礼を言うぞ」
「いえ、あれも魔王としての仕事ですから」
 ここでシークスが口を挟んで。
「そう言えば、あのときは動転していて気にならなかったんですが、魔王とか言ってませんでしたか?」
「はい、私が魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世ですよ? 信じられないというなら……」
 山でも消し飛ばしましょうか? と言おうしたところで。
「いえ、信じてはいます。ただ、魂って……」
「死んだ後で構いませんよ」
 ちなみに、これは永久。
「まあ、当分先ですよ。それでは、私たちは次の世界へ向かうことにします。その仲を裂くのが私とは言え、せめて死が二人を分かつまでは幸せであることを願っていますよ」

 あの後、二人は婚約することになった、自らの魂を捧げてまでシルフィを救ったことが決め手になったらしい。
 結婚式には招待してくれるそうなので、楽しみにしていましょう。

 その日の昼、ユリル村支部のゲートを使い、私たちはこの世界を後にした。