「あの、疲れたのですが、休ませて下さいませんでしようか?」
御者を務める黒騎士が、本日五回目になる嘆願を口にした。
「私はアルビノですし、永久(とわ)もダンピール(人間と吸血鬼のハーフ)ですので、こうも日が照っていては、変わってあげることが出来ないのです、すいませんね」
そんな黒騎士に、私は白々しく答えた。
「いえ、ですから、馬車を止めて休もうと……」
「早く街に着きたいので、却下です」
「…………」
と、黒騎士が、沈黙したところに、別の声が、割り込んだ。
「日が沈んだら、私が代わりましょうか?」
先ほど話題にあがった永久である。
「夜になる頃には、街に着きますよ?」
「はい、分かりました! ところで、馬は大丈夫なのですか?」
永久が、黒騎士と同じく、朝から全く休んでいない馬たちの心配をしてきたので、この馬がいかに頑強か説明する事にした。
「これを提供した、技術部の者によれば、遺伝子操作で改造した馬を、さらに選抜した馬なので、十日間不眠不休で走り続けても、大丈夫だそうですよ」
「そうですか? でも、たまには休ませてあげて下さいね?」
こうして私たちは、馬車を走らせ続け、夕暮れ時には、街に入ることが出来た。
日が暮れてから、宿に荷物と馬と黒騎士を預け――我々の馬が、何か赤黒い物を貪り食っていたような気がしたが……考えない事にしよう――街へ繰り出したのだが……。
「ふむ、妾以外の白子を見るのは、初めてじゃのう」
……なぜか、私は十代半ば程の古風な物言いの少女――髪や肌が白いところから見て、私と同じ、アルビノだろう――にじっくりと観察されていた。
「……何をしているのかな?」
この問いに彼女は、どこか的外れな答えを返してきた
「妾か? 妾はシークスと駆け落ち中じゃ」
……そういうことを聴いた分けではないのですが。
「なんですか、御主人様をじろじろ見て!」
「なんじゃ、使用人風情が!」
黙っていると、永久が怒り出して、少女と口論を始めてしまった。
さて、どうやって収拾しようか?
そう考えていたところに、一人の青年が走ってきた。
「おーい、シルフィー!」
「む、もう追いついたか」
少女――シルフィと言うらしい――は残念そうに呟いた。
「すいません、シルフィが迷惑をかけなかったでしょうか?」
頭を下げながら、青年――シークス――が訪ねた。
「いえ、特には。ところで駆け落ち中とお伺いしましたが?」
少し気になったので、聴いてみることにした。
「そうじゃ、一度、昼の世界を見てみたくての、シークスに頼んで、屋敷から抜け出したのじゃ」
「それは、駆け落ちではなく、ただの脱走なのではないですか?」
永久が、昼の世界云々にはふれずに、訪ねる。
「む、そうかもしれぬの」
……なにやら、あっさりと認めてしまいました。
「まあ、それはどうでもよい、父上は私が白子であると言うだけで、日中ずっと、窓もない部屋に閉じこめておるのじゃ」
「夜はちゃんと、護衛付きで外出しているんですけどね」
シルフィの言葉をシークスが補足する。
……ちなみに、白子――アルビノ――が、あまり日光に当たらない方がよいというのは事実である、メラニン色素がないため、皮膚ガンになる確率が、常人の比ではない。
この世界には、抗紫外線クリーム等もないため、彼女の父の対応は(たとえ体面を気にした結果だとしても)悪くないとは思うのだが……。
しかし、だからといって、納得できるものでもないのだろう。
このことを伝えると。
「ふむ、そういう理由じゃったのか。ところで、こうしがいせんくりーむとは、なんじゃ?」
……この世界には、有りませんからね……。
「先ほど言ったように、この世界には存在しないものなのですが、皮膚に有害な、紫外線を防ぐためのクリームです。……これです」
そういって、懐から、抗紫外線クリーム〜百五十パーセント〜吸血鬼用〜を取り出した。
「これが有れば、直射日光に当たっても、お肌がひりひりしません! ……少しぬるぬるしますけど……」
なぜか、永久が胸を張って、力説する。
「それは、便利そうじゃな!」
紫外線で苦労していたのだろう、あまりにも、目を輝かせているので。
「よろしければ、一ダースほど、差し上げましょう」
そう言いながら、更に十一個ほど取り出す。
「本当か!」
シルフィがうれしそうに言う。
「ありがとうございます、えっと」
そういえば、まだ彼らに、名前を教えていなかった。
「まだ、名前を教えていませんでしたね。私はルーツ、この子は永久です」
「この辺りでは、あまり聴かない、お名前ですが。遠くの方から、お越しですか?」
「ええ、東の方から」
素直に異世界から来たと言っても良かったのだが、細かな説明が面倒くさそうだったため、誤魔化す事にした。
この後、しばらく世間話をして彼らと別れると……。
「もう、太陽が昇りますね」
赤く染まり始めた空を、見上げながら、永久が言った。
「すっかり話し込んでしまいましたからね。持ってきた、抗紫外線クリームは、勢いで全部シルフィにあげてしまいましたから、一旦、宿に戻りましょうか?」
「はい、御主人様!」
私たちは、宿でへばっていた黒騎士を拾い、この街を後にした。
シルフィたちと別れしばらくたったある日の朝、 目を覚ますと首に違和感があった。
意識をそちらにやると、メイド服の少女――永久――が頸動脈に牙を立てたまま眠っていた。
昨晩、永久に血をすわせているときにそのまま眠ってしまったことを思い出した。
起こそうかとも考えたが、幸せそうに眠っていたのでもうしばらくその寝顔を鑑賞することにした。
――永久は、ダンピール(人間と吸血鬼のハーフ)であるため、真性の吸血鬼程ではないがある程度の吸血衝動がある。そのため、毎晩私の血を吸わせている。
……もっとも、毎日吸う必要もないはずなのだが。
「ふみゅ」
しばらく、寝顔を眺めていると、永久が、目を覚ました。
そして、つい先ほどまで、私の首に、牙を立てていたことに、気づくと。
「す、すいません!」
あわてて、体を離して。
「そう言えば、今、どこに向かっているんですか?」
話題を変えるように、訪ねてきた。
「今更ですね、別に構いませんが。我々が、向かっているのは、グライアと言う、地方都市です。小さな街ですが、白い鷺鳥亭の鷺鳥の蒸し焼きは、絶品らしいですよ」
「それは楽しみですね!」
「ええ、本当に」
「そこの馬車、止まれ!」
太陽が、中天にさしかかった頃、馬車の外から、声が聞こえた。
「はっ、はいっっっ!」
黒騎士が、条件反射で馬車を止めてしまう。
「何か、あったのでしょうか?」
永久が、声に、不安をにじませながら聴いてきた。
「解りません、まずは、外に出てみましょう」
「はい……」
外に出てみると、二十人ほどの、鎧を着た男達が、立っていた。
立派な装備をしていたので、少なくとも、山賊と言うことはなさそうである。
「ギャーッ! 血、血がっ!」
……忘れていました。
つい先ほどまで、永久に、血を吸わせていたため、私の首からは、未だに大量の血液が、流れ続けていた。
「す、すいません!」
永久が謝った。
彼らとしては、意味不明だろうが……。
「ああ、すいません、今治しましょう」
彼らを、納得させられる言葉が、見つからなかったので、とりあえずは傷を治すことにした。
「生と死を司りし王よ、我が傷を癒せ」
呪文を唱えると、傷は、たちどころに消えた。
もっとも、傷をふさぐまでに、流れ出た血はそのままなので、あまり見た目は、あまり変わっていない。
「なんの、ご用でしょうかな?」
「あ、ああ、我々は、グライア領主グノーシス伯爵に使える騎士だ」
私の言葉に、多少は、理性を取り戻したのか、彼らは、語り始めた。
「我々は、グノーシス伯の命で、二日前、駆け落ちした、グノーシス伯の息女、シルフィード=グノーシス嬢と、その護衛をしていた、シークスという、騎士を追っているのだ。よって、馬車の中を改めさせていただきたいのだが」
「構いませんよ」
そう言って、私は、彼らを馬車の中に招き入れた。
五分後……。
「……怪しい物は、多々ありましたが……、シルフィード様に関係のありそうなものは、一切ありませんでした。よい旅を」
隊長らしき男が、げっそりした顔で、そう告げて、足早に立ち去った。
さて、何を見たのでしょうね?
「ねえ、御主人様」
鎧の一団が、見えなくなったところで、永久が、口を開いた。
「あの人たちが、言っていたのって、シルフィ達のことでしょうか?」
「そうでしょうね、念のため、彼らの記憶を、読ませていただいたので、間違いないでしょう」
私が、そう答えると。
「よかったんですか?教えてあげなくて?」
「その方が、面白そうだったので」
「なるほど、あんまりすぐに見つかると、盛り上がりませんからね」
「はい、御主人様! それよりも、グライアに行くついでに、シルフィの両親に、会ってみませんか?」
「それは、いいですね、どんな人でしょう?」
「うーん、どんな人なんでしょうね?」
と、ここで一旦、言葉を切り。
「ところで、来ましたよ」
私が、ある人物の、来訪を告げると。
「そういえば、そろそろ来る頃ですね……」
……そう言えば、永久は、彼のことが、嫌いでしたね。
「今回は、どうするんですか?」
「特に、必要ないので、すぐに帰ってもらいます」
そう答えると。
「はい、御主人様!」
永久は、嬉しそうに、そう言った。
……彼も、相当嫌われていますね。
そのとき、窓の外から、大声が、飛び込んできた。
「見つけたぞ! 魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世!」
……彼の名はカイル。
いわゆる、勇者という奴です。
私が、行く先々に現れて、(私の長い、フルネームを呼んだ上で)、戦いを挑んでくる、困った人です。
「さあ、出てこい! ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世! 今日こそは、貴様を滅ぼしてやる!」
カイルが、馬車に剣を向けながら、言い放った。
……どうでも良いですが、毎回、一撃で吹き飛ばされているのに、なぜ、あんなにも、自信に満ちあふれているのでしょう?
まあ、それはさておき、このまま座して滅ぼされるわけにもいかないので、窓から身を乗り出して、呪文を唱える。
「風よ、我が命に従い、彼の者に裁きを与えよ」
「ギャーッ!」
腐っても勇者と言うことか、一般人ならぼろ雑巾となる攻撃を、地の果てまで吹き飛ばされるだけで耐え抜いた。
「まあ今回、彼の出番は、これで終わりなんですけどね」
「彼、なんのために出てきたんですか?」
「今回は、顔見せです。これからも、毎回のように出てきますよ」
「殺さないんですか?」
「彼は彼で、面白いですからね。まあ、永久がどうしても、というのであれば殺しますが」
「御主人様がそう言うなら、今のところはいいです」
「ではそろそろ出発いたしましょうか」
「はい、御主人様! あ、首筋の血はお拭きいたしましょうか?」
「まだついたままでしたね、お願いします」
こうして、私たちは、再びグライアに向けて出発した。
「グライアが見えましたよ!」
今日はちょうどいい曇り空だったので、永久と二人、馬車の幌の上に座って景色を眺めていた。
馬車が時速八十キロで走っていたためか、すれ違う人々に奇異の目で見られたが……、永久の笑顔が見られたのだから、そんなことは些細なことだろう。
前回、何の脈絡もなく現れたカイルを退けた後は特に変わったこともなく、グライアの近くまでたどり着けた。
シルフィを探す騎士や、山賊には何度も遭遇したが、まあこれはどうでもいい。
その後、約一時間でグライアにたどり着いた。
すぐに白い鷺鳥亭に宿を取り、馬を厩舎に預け――肉食である事を伝えると怪訝な顔をされた――まずは評判の鷺鳥の蒸し焼きを頼んでみた。
「作るのに十時間ぐらいかかるそうです……、先に伯爵に会ってきましょうか」
「それは仕方ありませんね、……楽しみにしてたのに」
「無理やり早く作らせましょうか?」
「それをすると、あの人はどうなるんですか?」
私の言葉の中にどこか剣呑なものを感じたのだろうか、永久はそんなことを聞いた。
ちなみに実行して時の流れを速めた場合、局地的とはいえ時空を歪めるわけだから、歪みが物理現象に転化すればこの街は跡形もなく消え去り、例えそうならなかったとしても、他の時間軸とつながって原始人や恐竜のようなものが出てこないとも限らない。
とは言え、私ならそのようなミスをするようなことはほぼないし、例え起こったとしても用意に処理できる。
彼女が言いたいのはそのようなことではなく、蒸し焼きを作ってくれる宿のおじいさんのことだろう、彼は一瞬で十時間分の加齢と疲労を行なうことになる、十時間ばかり年をとったところでどうということもあるまいが、時間を加速した場合、一瞬認識が遅れ一気に疲労することがよくある。
あの、おじいさんの体力にもよるが、見た目道理なら恐らく死亡するだろう。
「死んじゃうならやめて下さいね」
「では、止めておきましょうか」
「はい!」
結局、先に伯爵の元へ行くことになった。
「伯爵に会う前に、街を散策しませんか?」
宿を出たところで、永久が提案した。
「それもそうですね」
今日は生憎の曇り空だが、街は活気に満ちていた。
「あ、あの鳥、美味しそうです! 御主人様買って下さい!」
「いいですよ、……でも、たぶんあれは食用ではありませんよ?」
永久は、ペットショップの鳥を指して美味しそうと言っていた。
「あっ!」
今、気づいたらしい。
「じゃあ、死んじゃうまで飼います」
「そして、その後食べるのですか」
「はい!」
永久は満面の笑みで答えた。
……私は育て方を間違えたのかもしれない、魔界だけでなくもっと他の世界も見せるべきだったか……。
「毎度あり!」
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
あれ、そう言えばあの鳥って……。
「死んだら美味しく食べてあげますね!」
「アリガトウ、アリガトウ」
ああ、やっぱり……。
理解してないでしょうがそこでそれはまずいですよ……。
ほら、店主が閉店の看板を持ってきてしまった。
……まあ、いいか。
「そろそろ伯爵のところに行きましょう、御主人様!」
「え、ええ、そろそろ行きましょうか」
「大丈夫ですか?御主人様?」
「いえ、何でもありません。さあ、行きましょう!」
「はい!」
「止まれ!何者だ!」
屋敷の前に行くと門番に止められてしまった、まあ、素直に名乗るとしましょう。
「我々は旅の者です、私は、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、ルーツと呼んで下さい、この子は永久、領主にお取り次ぎ願いたい」
「しばし待たれよ」
そう言って屋敷の中へ入っていった。
「どうでも良いんですが、代わりの人を置かずに持ち場を離れてもいいんでしょうか? どう思います、御主人様?」
「私なら首にしますね」
「大丈夫でしょうか……」
彼の行く末はどうでも良いので置いて置くとして、十分ほどで彼は戻って来た。
「伯爵は御会いになられるそうだ、私に付いてきて貰おう」
「わかりました」
彼の後ろに付いて屋敷に入ってゆく。
「連れてまいりました!」
「よろしい、下がっておれ」
「はっ!」
伯爵の言葉に従い、彼が部屋を出た後に。
「……奴は首だな」
伯爵はつぶやき。
「さて諸君、シルフィの様子はどうだったかね」
「中々に御元気そうでしたよ」
「ほう、それは何よりだ」
「あの、何で伯爵が知っているんですか? 御主人様?」
なぜか自然に進んだ会話に、最もな疑問を投げかけたのは、永久だった。
「親バカのなせる業じゃ」
と、これを答えたのは伯爵。
「カイルが私達を見つけるのと同じですよ」
「なるほど、分かりました!」
ここで伯爵に向き直り。
「騎士団が必死に探しているのに、貴方はなぜそんなにも落ち着いているのか教えていただきたい」
「ふむ、この辺りで誰かに話すのもよいかも知れんが、少し長くなるがかまわんかね?」
「どうぞ、御話下さい」
「そうか、では始めるぞ」
あれは、寒い冬の日じゃった。
四十路を超えてはじめて授かった子供じゃったから、わしも興奮しておった。
生まれてきた子供が真っ白じゃった時は驚いたが、すぐに愛おしさがこみ上げてきたわい。
産婆が白子じゃから太陽に当てるな、とか言っておったから、いろいろ調べてみたんじゃ。
結局、昼はいつも閉じ込めて置くような事になってしまったから、かわいそうに思っておったんじゃ。
少しくらいスリルが有ったほうが良かろうと思って騎士団を出したりはしたが、今回のことも何かの息抜きになれば良いと思っておる。
帰ってきて何かあった時のために、世界中から一流の医師を集めてある。
「と、まあそんな訳でそこまで心配もしておらん、シークスも居るしな」
「なるほど」
この後、しばらく伯爵と談笑した(話題は二転三転し最後には魔術による神の創造が話題になっていた)。
「ふむ、古い時代にはそのようなことも試みられておったのか……」
「では、我々はそろそろ宿に戻ります」
「もう帰ってしまうのか、まあ良い、また近くに来た時には寄って行くといい、歓迎しようぞ」
「ありがたいお言葉感謝します、それでは」
「うむ、また来るとよいぞ」
「さようなら」
……そういえば今回はほとんど喋らなかった永久ですが、ずっと例の鳥に話しかけていました、名前はピー君に決まったようです。
「永久、宿に戻る前にこの街の支部によりますよ」
「はい? 構いませんが、何か用でもあるんですか?」
「伯爵は、医師団を用意していると言っていましたが、皮膚ガンになった場合、この世界の医療レベルで対応することは難しいと思うので、対応できるよう手を打っておきます」
「はい、御主人様!」
こうして、魔王協会の支部によって話を通しておいた。
これは余談になるが、この後、宿で食べた鷺鳥の蒸し焼きはとても美味しかった。
「おいしいです!」
「十時間も待った甲斐がありましたね」
「はい!」
翌日、グライアを出て次の村に向かう道すがら。
「次はどこに向かうんですか?」
「ユリルという小さな村です、あそこにはこの世界の魔王協会支部をまとめる大きな支部があるので、そこで準備をして次の世界へ向かおうと思うんですが、この世界にやり残した事はもうありませんでしたよね?」
「シルフィ達の事は良いんですか?」
「…………」
「あの、もしかして忘れてましたか? 御主人様?」
「ええ、すっかり忘れていました、一段落着くまで見守ることにしましょうか?」
「はい!」
「オイシイ、オイシイ、オニクダヨー」
ピー君……。
「世界よ、その真の姿を我が前に示せ」
私の言葉に従い、世界はその全てを私の前にさらけ出した。
「どうです? シルフィ達の場所は分かりましたか?」
「ええ、どうやらユリル村に向かっているようです」
「分かりました! このままユリル村に向かいましょう!」
その日の夕方、村に入った私達は魔王協会の支部に向かった。
「お久しぶりです会長、永久様、相変わらず仲睦まじいようで何よりです、そもそも愛とは相互への絶対的な依存であり……」
出迎えに来た支部長は、私達の顔を見るなり挨拶もそこそこに愛について語り始めてしまった。
こうなると余程のことがない限り話し続ける。
それにしても……依存、ですか、確かにこの子と会う前は結構無茶もしましたね。
私はクスリと笑った。
「どうしましたか? 御主人様?」
「いえ、何でもありませんよ」
そう言って永久の頭を撫でた。
「ふみゅ〜!」
永久は目を閉じて幸せそうな声を上げた。
「故にエロスとアガペーは表裏一体の物であり……」
「オニク、オニク、ランランラン……」
…………。
もう少し感傷に浸らせてくれても良いと思うんですが……。
「明日の夜、村の収穫祭がありますで、御二方も楽しまれると良いでしょう」
いつの間にか支部長の話は終わっていたらしい。収穫祭ですか……。
「楽しみですね! 御主人様!」
「そう言えばシルフィ達はいつ頃着きますか?」
「そうですね、このペースなら明日の朝方頃でしょうか」
「一緒にお祭り回れますね!」
「ええ、楽しみですね」
この後、馬車や黒騎士を職員に任せ、エレベーターに乗り最上階のスイートルームへ向かった。
ちなみに、この魔王協会ユリル村支部の建物は地上五十階のビルであり、このファンタジーの世界、しかも小さな村にある事はかなり不自然である。
魔王協会は「未開世界の健全発達に関する条約」には調印していないとは言え、いくら何でももう少し考えた方が良いと私でも思う。
しかし、このような支部は他にも多数存在するため、対応が難しいのが現状である。
それはさておき。
今、私は窓から村を眺めながら、永久に血液を吸われていた。
「ところで御主人様?」
「何です?」
永久が一旦吸血をやめて尋ねてきた。
「いつも思い切り噛みついてますけど、痛くありませんか?」
「まあ、確かに少し痛いですが、吸血鬼の吸血行為は血を吸われる側に強い性的快楽をもたらすので、ほとんど気になりませんよ」
この事を告げると、少し頬を赤く染めて。
「そ、その、もしかして、何時もむらむらしてたとかありませんよね?」
「実は少し……」
永久は真っ赤になってうつむいてしまい、ぽつりと。
「あ、あの、襲いたかったら襲っていただいてかまいませんから……」
そう言った後は、再び膝の上に乗り吸血を再開した。
……これは誘われているんでしょうか?
この後、襲ったのかどうかは書きません。
翌朝、微睡みに身を任せていると。
「……しゅ……さま、ごしゅ……んさま、御主人様」
何故か浴衣に身を包んだ、永久に起こされた。
「おはよう、こんな朝早くから、何かありましたか?」
「はい、シルフィ達が追っ手と戦っています!」
窓から村の外を見ると、確かにシークスが一人で百五十人ほどの騎士を相手に戦っていた。
中には弓兵や魔術師も混ざっているらしく、シークスに勝ち目はほぼ無い。
「シルフィ達の冒険はここで終わりですか」
「そうだと思います。お祭り一緒に回りたかったな……」
「私が騎士団を追い払いましょうか?」
「あ、そこまでしてもらわなくても良いです。ただ少し残念だなって思っただけですから」
「なら構いませんが、ん?」
騎士団の弓兵達がシークスを狙って一斉に矢を放った、そして、なんとそれを観ていたシルフィが、騎士団とシークスの間に飛び出したのである。
シルフィに突き刺さる無数の矢。
かばわれたシークスも、矢を放った騎士達も戦意を喪って呆然としている。
「……彼ら、粛正部隊ではありませんでしたよね?」
シルフィに刺さった矢は少なく見積もっても二十本、頭部や胸にも刺さっているので、たとえ魔術を使ったとしても、この世界の技術で蘇生させることは不可能だろう。
「あの、御主人様……」
「分かっています、ちゃんと直しますよ」
「はい、御主人様! あ、パジャマのままじゃ何ですから御着替え手伝いますね!」
なぜか浴衣に着替えました、この世界でこの格好だと少し問題になるのですが……。
まあ、この村なら今更でしょうか。
「シルフィ……」
「…………」
下に転移してみると、案の定重い空気が漂っていた。
「シルフィ嬢を救いたいですか?」
私の唐突な問いかけに対し、彼らは。
「シルフィを助けられるなら何でもします! ですから、どうかシルフィを助けて下さい!」
「当然だ! シルフィード様は私の太陽! 我が身をなげうつことに何の躊躇いもない!」
……ちなみに後のは騎士団長です、この後延々と愚痴を言い続けていますが、どうやらシルフィを偏愛していたようで、シルフィを連れ出したシークスを逆恨みしてあのような指令を出したようです。
まあ、それは良いでしょう。
「分かりました、しかし魔王にの願いを叶えてもらいたければ何らかの代償が必要です、さて……」
「我が命、シルフィード様のためなら惜しくなど無い!」
この騎士団長、カイルと同じタイプです……。
まあ、良いでしょう……。
「代償は、あなたの死後の魂でいかがですか?」
私はシークスの方を見ながら告げた。
「分かった、それでシルフィが助かるなら魂でも何でもくれてやる!」
「では、この契約書にサインを……」
「おい! 俺は無視か!」
騎士団長、うるさい……。
「はい、これで構いません」
シークスのサインを確認した私は呪文の詠唱を開始した。
「生と死を司りし王よ、最後の聖王にして魔王協会の盟主たる我、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世の名と権勢において命ずる、シルフィード=グノーシスの魂をこの世界に帰したまえ」
「ん? どうしたのじゃ、シークス? そんな泣きそうな顔をして? なっ! 抱きつくな無礼者!」
「これで、大丈夫そうですね」
「はい、御主人様!」
「我々は二人の邪魔にならないように、出店の準備でも手伝いに行きましょうか?」
「はい、御主人様!」
この日の夜。
「あ、御主人様、あれ欲しいです」
そう言って永久が指し示したのは、射的の景品になっている巨大な熊のぬいぐるみだった。
あの大きさなら、取れないこともないか。
「分かりました。一回分お願いします」
そう言って夜店の主に十ゴールドを手渡した。
「あいよ!」
その後、一発で特賞の景品であった熊のぬいぐるみを落として射的屋の店主に呆然とされたり、永久と一緒に夜店の焼きそばや、リンゴ飴を食べながら歩いたり、金魚すくいの金魚を全て取ってしまったりしながら祭りの夜は更けていった……。
「あの後、私を救ってくれたのは御主だったそうじゃな、礼を言うぞ」
「いえ、あれも魔王としての仕事ですから」
ここでシークスが口を挟んで。
「そう言えば、あのときは動転していて気にならなかったんですが、魔王とか言ってませんでしたか?」
「はい、私が魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世ですよ? 信じられないというなら……」
山でも消し飛ばしましょうか? と言おうしたところで。
「いえ、信じてはいます。ただ、魂って……」
「死んだ後で構いませんよ」
ちなみに、これは永久。
「まあ、当分先ですよ。それでは、私たちは次の世界へ向かうことにします。その仲を裂くのが私とは言え、せめて死が二人を分かつまでは幸せであることを願っていますよ」
あの後、二人は婚約することになった、自らの魂を捧げてまでシルフィを救ったことが決め手になったらしい。
結婚式には招待してくれるそうなので、楽しみにしていましょう。
その日の昼、ユリル村支部のゲートを使い、私たちはこの世界を後にした。