迷い人の帰る場所_まとめ読み

01

「着きましたよ」
 御者台から車内に声をかける。
 面倒事を避けるために、レイたん達の家の前に直接出たのだが、何かにぶつかった様な気がするのは気の所為だろうか?
 ……それにしても、少し前までは別に御者がいた気がするのだが。
「ん、着いたか。……何か、ひかなかったか?」
 レイたん、永久、戒兎の順で馬車から降りてくる。
 レイたんの言葉に、改めて馬車の前方を確認すると、案の定、一人の男が倒れていた。
 良く見ると、首の骨が折れている様だ。明らかに即死だが、まだ死亡直後で、首以外に大きな損傷は無い。これならば、大した手間も無く治せるだろう。
 早速治療を施そうとすると、何故かレイたんに呼び止められた。
「まて、能力を与えて異世界に送るのではないのか?」
 意味不明の事を言うレイたん。それは一体、何が目的なのだろうか?
 永久と戒兎も怪訝な目で見ている……のかと思えば、永久は気にした様子も無く微笑み、戒兎は、レイたんの言わんとする事が理解出来たのか、呆れた様な表情を浮かべている。
「つまりだな……」
 レイたんの説明に依れば、神様などがミスで人を殺してしまい、この世界で生き返らせる訳にはいかないからと、強大な力を与えた上で他の世界に送ったり、同じく他の世界に転生させたりと言うのが、ある種の小説の冒頭で定番の展開らしい。
「話は分かりましたけど……、少なくとも今回は普通に生き返らせる方が遙かに楽なのですが」
 腐乱死体になっていたり、彼の死が世間に知れ渡っていたりすれば話は変わったかも知れないが、何かを他の世界に送るというのは、結構手間が掛かるものなのだ。
「そう……なのか」
 そう呟いたレイたんは、心なし落ち込んだ様に見えた。
「……まあ、折角ですし、本人が望む様なら、そうしてみましょう」
 最近、どうにもレイたんに甘い気はするが、まあ、一応はこちらの不手際でも有る事だし、本人が望むのであれば、その程度の事は構わないだろう。
「そうか! ならば、話を聞く時は……」
 急に元気になって、とうとうと語り始めるレイたん。やはり、無視して生き返らせて置けば良かっただろうか?

「えーと……、こんにちは」
「あ、嗚呼、こんにちは」
 気まずい空気が流れる。
 私と馬車でひいてしまった男は、ひたすらに真っ白な、何も無い空間で向かい合っていた。魔王協会本部の周辺も同じ様な感じだが、ここは私が創った夢の中だ。
 取り敢えず、レイたんの言葉に従って場を整えてみたのだが、こう言う時は、まず何から話せば良いのだろうか?
 因みに、当のレイたんは妖精サイズで私の肩に座っていた。本人の希望で相手の男には見えない様にしてある。
「もしかして、神様とか、その辺りか?」
 沈黙を破ったのは、相手の男だった。
「ええ、そう言う役回りらしいですよ」
 奇妙な返答だとは思うが、こればかりは仕方が無い。神と呼ばれる事も無い訳では無いのだが――奴隷農場の管理を永久に任せていたら、何故か農業用奴隷達に神格化されていて、崇められた時は流石に驚いた。
「は? まあ、良いか。それで、ミスで俺を殺してしまって、この世界で生き返らせる訳にはいかないから、能力を渡すから他の世界に行ってくれ、とかか?」
 どうやら、レイたんの言うところの『お約束』を知っているらしい。
「話が早くて助かりますが、微妙に違います」
 彼は怪訝な顔をする。
「わざわざ他の世界に送る事を考えれば、普通に生き返らせて、記憶を書き換える方が遙かに楽ですし、実際に、そうする積もりでした」
 彼の顔に浮かんだ疑問が、その色を濃くした。確かに意味不明だろう。
「続けますよ? それで、生き返らせようとしていたのですが、貴方が言った様な事をした方が良いのでは無いかと、言われてしまいまして――嗚呼、誰が言ったのかは聞かないで下さい。説明が面倒ですから」
 レイたんの事を説明するとなると、色々と余計な事まで説明しなくてはならない。流石にそれは面倒だ。
「と言う訳で、どちらにしますか?」
 私が問いかけると、彼は驚いた。
「え! 選べるんですか?」
 驚く様な事だろうか?
「何のために、この様な場を設けたと思っているのですか?」
「いや、何となく問答無用で飛ばされるのかと」
 失礼な、彼のために行う事である以上、意思確認程度はする。……少なくとも今回は。
「それで、どうします?」
 改めて問うと、彼は少し考えた後に答えた。
「その前に、異世界行きを選んだ場合、どんな世界に行って、どんな能力をくれるのか、聞いて良いか?」
 ……まあ、もっともな疑問だろう。とは言え実の所、高確率で生き返りを選ぶだろうと思っていた事もあり、具体的には全く決めていないのだが。
「そうですね……、実は何も決めていません。行き先の世界に関しては、出来る限り希望を尊重しますが、あまりにピンポイントな条件を指定されると困ります。探せば大抵の物は有るとは思うのですが、条件に依っては見つかるまでに人間の寿命の何倍もの時間が掛かる事も珍しくは有りません。と言っても、基準が分からないでしょうから、取り敢えずは言ってみて下さい」
 世界の検索と言うのは、結構手間が掛かるものなのだ。
「さて、能力ですか……筋力でも上げてみましょうか?」
 彼は慌てて掴み掛かって来た。
「いやいや、筋力って何だよ!」
 何か間違えてしまったらしい。
「いえ、実は良く分からないのですよ。強大な力としか聞いていないので。どの様なものが一般的なのですか?」
 そう言うと、彼は落ち着いて語り始めた。
「そうだな、自分が知ってるマンガやアニメの技全部とか、良く見るぞ」
「相当に面倒ですね。いっそ魔法を覚えませんか? 一億年も学べば大抵の事は出来ますよ」
 そんな術式を組むくらいならば、彼に魔法を叩き込む方が幾らか楽だろう。
「……いや、一億年は無いだろ。後は魔力無限大とか」
「魔力定義式魔力炉に接続すれば、出来ない事もありませんが……魔法が使えなければ、用途は限られますよ? ……物凄く高いですし」
 彼のためだけに新規で魔力定義式魔力炉を建造する事は避けたい。
「と言うか、どちらも世界によっては簡単に滅ぼせそうですが、そう言うものなのですか?」
「まあ元々、作者の願望を叩き付けるものだからな」
 成る程。さて、どうしたものか。
「そう言えば、もう異世界に行く事を決めたのですか?」
「ん? 嗚呼、早々出来る体験じゃないからな。余程条件が悪くない限りはそのつもりだ」
 やけに具体的に条件を聞いて来るからもしやと思ったが、案の定。レイたんと言い、彼と言い、この世界の人間は異世界に何か思い入れでもあるのだろうか?
「そうそう、能力とは別に、行き先の言葉を理解出来るのも基本だな」
「嗚呼、確かに言葉が分からないと厳しいですね」
 盲点だった。私は大抵の言語を習得しているため、旅先で言葉に困った事は無い。
「危うく、言葉も分からない状態で放り出される所だったのか……。そうだ、体はどうなるんだ? 転生なら記憶は引き継げるのか?」
「元の体を修復して使う積もりですが、転生させた方が良いですか?」
 記憶を持ったまま転生させるのも、それなりに手間が掛かるが、これまでに彼が言った様な無理難題に比べれば、どうと言う事は無い。
「いや、それで構わない。転生や憑依も良くあるパターンでな」
「成る程、何となく分かって来ました。取り敢えずは、先に行き先を決めてしまいましょう。どんな所が良いですか?」
 先ずはこれを決めなければ。
「そうだな、無難に中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界……で分かるか?」
 そう言えば、レイたんが前の世界でそんな事を言っていた記憶がある。
「それならば、私達が少し前まで居た世界で良いでしょう。冒険者ギルドも有りますよ?」
 何となく、彼はレイたんと同じタイプの考え方をしている様なので、レイたんが喜んでいた事を教えてみる。
「嗚呼、それで良い」
 案の定、彼はあっさりと首肯した。
「能力ですが、身体能力や魔力などの全体的な向上、現地言語の習得、当面の生活費や向こうで何かするための初期費用としてある程度の金銭、こんな所で如何でしょう?」
 取り敢えず、差し当たり向こうでの生活に役立ちそうな物を並べてみたが、どうだろう?
「十分と言えば十分なんだが……もう一声、何か無いか?」
「もう一声と言われましても……案内役でも用意しましょうか?」
 適当に教養がある奴隷を買って、知識を焼き付ければ良いだろう。
「嗚呼、そうしてくれ。――可愛い女の子だよな?」
「特に考えていませんでしたが、そうして置きましょう」
 確かに、側に置いて置くならその方が良いだろう。
「では、次に目覚めた時は向こうです」
「嗚呼、色々と、有り難うな!」
 ――さて、先ずは彼の体を治さなくては。

02

 あの後、彼の体を治した上で身体能力や魔力を強化し、向こうで使われている主要な言語の知識を焼き付けた上で、あちらの宿に寝かせて置いた。
 言伝や金貨は、案内役として買った奴隷に預けて置く。逃亡防止に簡単な呪いも掛けて置いたので持ち逃げの心配は無い。

 全ての手配を終えて、レイたん達の家に戻る頃には、次の日の昼になっていた。
 因みに、彼と話している間に誰か通り掛からなかったのかと思っていたら、永久が人払いの結界を張ってくれていたらしい。

「お帰りなさいませ、御主人様!」
「お帰りなんて、言って上げないんだからね! ……むう、私にツンデレは合わんな」
 レイたん達の家――昨日は良く見ていなかったが、屋敷と呼んでも問題無い規模だろう――の前で、永久とレイたんが出迎えてくれた。
 レイたんが良く分からない事を言っているが、いつもの事なので気にする必要も無い。
「ただいま、永久、レイたん。時に、馬車はどうしましょう?」
 つい失念していたが、町並みや文明レベルを考えると、この世界で馬車が日常的に使われているとは考え難い。
 ならば、それを扱うための設備も無いと考えた方が自然だ。
「嗚呼、向こうに厩舎がある。私が生まれる前に馬を飼っていたらしくてな。昨日の内に修理して置いた。馬車本体は車庫にでも入れておけば良かろう」
 どうやら、考えて置いてくれたらしい。本来ならば有り難く思うべきなのだろうが、つい、レイたんならば、この位は当然と考えてしまう。
「……まあ、信頼してくれていると思って置こう。それと、その馬が肉食な事も永久たんから聞いているから、心配ないぞ」
 ……本当に至れり尽くせりだ。

「そう言えば、永久たんは痛覚が鈍かったりするのか?」
 馬車を片づけた後、居間で御茶を淹れてくつろいでいると、レイたんがそんな質問をして来た。
「どうしたのですか? 唐突に」
「昨日、永久たんが指を包丁で切り落としてしまったのだが、その時に気付いていなかったのを見て、気になってしまってな。永久たんに聞いても要領を得ないから、お兄さんに聞いてみた」
 ……確かに、あれは気になるだろう。実の所、あれに関しては私もあまり理解出来ていないのだが、何とか説明してみるとしよう。
「あれは、痛みを感じていないと言うよりは、気にしていないと言った方が近い様です」
「良く分からない言い方だな?」
 案の定、首を傾げるレイたん。
「でしょうね。神経系を調査したところ、痛覚自体は正常に機能している様なのですが、何故か痛みを感じていないかの様に振る舞うのです。かと言って、痩せ我慢と言う訳でもない様ですし……」
 幸いと言うか、永久の体の恒常性維持能力は極めて高いため、問題には成らないのだが。
「物心付いた時には、こうだったので、私自信にも良く分からないのです……」
 永久が申し訳なさそうに顔を伏せる。
「直ぐに治るのならば、痛みに気付こうが気付くまいが関係ないのだろうが……まあ良い、そろそろ昼食にしよう。持ってくるから、少し待っていろ」
 一応は納得したのか、そう言い残すと、レイたんは居間を出て行った。

 私が帰ってくる前に用意してあった物を持って来たのだろう。さほど時を置かずにレイたんが戻って来た。
「今日は肉じゃがだ。永久たんに話を聞いたから、多分、大丈夫だとは思うが、口に合わなかったら言ってくれ」
 そう言うとレイたんは、肉じゃがと呼んだ物の他にも何品かの料理を並べていく。
 さて、修練進化の魔法の副作用か、あるいは、ただ単に似た様な環境で進化するからか、有人世界の動植物は有る程度似ている事が多い。
 結果として、それらの世界で食べられている料理も又、大抵の場合に置いて似ている。
 ……長く旅をしていると、極希に、とんでも無い例外を見かける事もあるが。
 何が言いたいかと言うと、レイたんが持って来た、この世界の料理を見ても、取り立てて私が驚く事は無かったと言う事である。
 もっとも、レイたんも前の世界の料理に戸惑っている様子は無かったし、永久に話を聞いたとも言っていたため、レイたん自身もこの事は有る程度理解しているのだろうが。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
 宗教儀式か何かだろうか? 永久もしている様なので、取り敢えずは合わせて置く。
「……いただきます」
 気になったので食事中に聞いてみると、食材となった動植物への感謝を表していると言われる事が多いものの、本当の所は良く分からないらしい。
 なお、予想通りと言おうか、レイたんの料理は普通に美味しかった。

03

「そう言えば今後、戒兎兄上はどうするつもりなのだ? 」
 昼食後、御茶を飲みながらくつろいでいると、レイたんが、そんな事を言った。
「えっ? 僕?」
 戒兎が首を傾げる。
「二年も失踪していたのだ、色々と考えねばなるまい」
 ……言われてみれば、彼は二年もの間、失踪していたのだ、死んだと思われていても可笑しくはない。
 それに、この世界で異世界の存在が広く認知されていない以上、失踪していた間に何処で何をしていたのかの言い訳も考える必要が有る。
「――ん? レイたんは大丈夫なのですか?」
 二年に渡って失踪していた戒兎ほどに深刻では無いかも知れないが、レイたんの一月も、問題になるには十分すぎる期間だ。
「嗚呼、私の場合は向こうに飛ばされたのが終業式の日だったからな。夏休みは半月ほど残っている事だし、長期の旅行に行っていたとでも言って置けば良いだろう」
 どうやら、長期の休暇中だったらしい。
「……と、私の事はどうでも良いのだ。そんな事よりも、戒兎兄上は結局どうするのだ? 三月に中学の卒業証書が届いていたぞ」
「うっ……」
 レイたんの言葉に、戒兎がうつむく。
「両親の遺産の御陰で、戒兎兄上が一生をニートとして過ごせるだけの資産は有るのだが……」
「……それは流石に嫌だな」
 戒兎は、深く溜息を付いた。

 その夜、私達が通されたのは、この国の伝統的な建築様式――レイたんは和風と呼んでいた――の客間だった。
「……それで、どうしてレイたんがこちらに居るのですか?」
 何故か、極々自然にレイたんが付いて来た。
「駄目か?」
 可愛らしく小首を傾げるレイたん。
「いえ、別に構わないのですが……」
 折角、帰れたのだから、自分の部屋で寝れば良かろうに。
「それがな、昨日久しぶりに自分の部屋で寝たのだが、どうにもしっくり来なくてな。この一月で、お兄さん達と一緒に寝る事に随分と慣れてしまったらしいな。昨日は結局、永久たんと一緒に寝たのだ。……少し血を吸われたが」
 ……そう言えば、戒兎が居なくなってからの二年間、彼女はこの家に独りで住んでいたのだ。
 帰らぬ兄を待ちながら、一人、この広い家に暮らす日々。寂しくないわけが無かろう。
「ん? まあ、確かに寂しかったのかも知れん。……考えてみると、お兄さんは結構鬼畜だな。天涯孤独の幼女の寂しさに付け込んで、その体を好き放題に弄んでいるのだぞ?」
「確かに、否定は出来ませんが……」
 彼女自身が望んだとは言え、寂しさに付け込んだ部分が無いとは言い切れない。
 ……もっとも、口振りからすると、本気でそれを咎めていると言うよりは、からかっているだけの様だが。
「冗談だ。まあ、そんな訳で、お兄さん達が滞在する間くらいは一緒に寝たいのだ。――勿論エッチな事もして構わないぞ。……駄目か?」
 私の困った顔を見て満足したのか、あっさりと言葉を翻すレイたん。
「そう言う事ならば構いません。元々、拒む理由もありませんし」
「うむ、有り難う」
 レイたんは、そう言うと布団に潜り込んだ。 「さあ! エッチな事をしよう!」
 布団に入るなり、そんな事を宣うレイたん。
「もしかして、御主人様にエッチな事をされたいのですか?」
 と、尋ねたのは永久。
「……実は、お兄さんにエッチな事をされていると、ロリコンだったお父様を思い出すのだ。……行為の最中に他の男の事を考えるなど、失礼だとは思うのだが、どうしても……な」
 帰ってきたのは、何とも問題の有りそうな答えだった。
 この言葉から、レイたんと父親に性的な関係が有ったのだろうと思ったのだが、しかし、彼女は確かに処女だった。
 どう言った事情なのだろうか?
「嗚呼、私を娘としてだけではなく、女としてみていた事は確かなのだが、実際に手を出す前に死んでしまったのだ。父が死んだ当時、私はまだ六歳、幾ら何でも手を出すには早すぎると思っていたのだろう」
 楽しみにしていたのだがな、とこぼすレイたん。
 相変わらず妙な感性だ。

 微かに夜明けの兆しを感じつつも未だ夜の闇が天を過ぎ去らぬ頃、不意に目を覚ますと永久が窓から空を眺めていた。
「あ、御主人様」
 永久は、私が目を覚ました事に気付くと、小さく声を上げて振り向く。
「何か考え事でもしていましたか?」
 隣で眠るレイたんを起こさない様、気を使いながら布団を抜け出し、永久の隣に歩み寄る。
「えっと、その……」
 顔を伏せて言い淀む永久。
 永久が私に対して、こう言った反応を見せる事は珍しい。
 どうしたのだろうか?
「私が要らなく成ったら、解放したりせずに、ちゃんと殺して下さいね?」
 永久が口にした言葉は、予想外の物だった。
 確か以前、何かの機会に奴隷契約からの解放を提案した時、同じ様な事を言われた記憶があるが、何故、今ここで、そんな事を言うのだろうか?
「最近、御主人様は麗兎さんに構ってばかりですから、その……不安になってしまって。ごめんなさい」
「…………」
 嫉妬……なのだろうか?
 いや、それにしては感情の方向性が内向き過ぎる。
 ――いっそ、不健全な程に。
 この子は何時もこうだ。
 私の意思も行動も、何一つ否定せず、例えそれが、どれだけ自らに致命的なものであろうと全てを受け入れる。
 ――確かに奴隷としては理想的な性質なのだろう。
 しかし、必ずしもそれ程までの従順さを要求されてない彼女がそれを持っているのは、いっそ喜劇だ。
 居たたまれない気持ちに成った私は、思わず永久を抱きしめた。
「御主人様?」
 永久は一瞬驚いた様だが、直ぐに落ち着きを取り戻すと、私の首筋に牙を立てる。
 血液が吸い出される感覚が心地良い。

 この子が私に全てを捧げるのなら、私はこの子の願いの全てを叶えよう。
 血を望むなら、望むだけ与えよう。
 共に在る事を望むなら、その意思と魂が虚ろに還る、その時まで側に居よう。
 だから……。

04

「うむ、甘い甘い」
 永久を抱きしめ始めてから少し経った頃、後ろからレイたんの声が聞こえて来た。
 どうやら起こしてしまったらしい。
 ……それにしても、手に握っている、仄かに湯気が立ち上る黒い液体が入ったマグカップは何処から出て来たのだろう?
「ん? どうした、続けないのか?」
「……興が削がれました」
 幾ら私でも、しげしげと観察されながら永久を抱きしめるのは、些か恥ずかしい。
「そうか。そろそろ朝食を作るから、お兄さん達はしばらくしたら居間に来てくれ」
 そう言うとレイたんは、マグカップを持って部屋を出ていった。
「気を使ってくれたのでしょうか?」
 永久が首を傾げる。
「どうでしょう? むしろ、朝食を作るために起きたのが本題で、ついでに私達をからかっていっただけの気がしますけど」
 レイたんの性格を考えると、その方がしっくり来る。
「まあ、レイたんの料理は美味しいですし、楽しみに待ちましょう」
「はい、御主人様!」
 いつの間にか、空はすっかり白みを帯びていた。

「……戒兎兄上、大丈夫か?」
 朝食は、レイたんのそんな言葉で始まった。
「は、はは……、大丈夫大丈夫……」
 戒兎はそう返すが、どう見ても目が虚ろだ。
 私とレイたんは、そんな彼を直視できずに目を逸らす。
「あの、そんなに悩むくらいなら、また向こうの世界に行っては如何ですか?」
 虚ろに笑う戒兎に声をかけたのは、意外にも永久だった。
「へっ! そんな事が出来るの?」
 底なし沼に垂らされた縄に飛びつくかの如き必死さで問いただす戒兎。
 永久は一瞬私に目配せして、否の言葉が無い事を確認すると、戒兎の方へ向き直って頷いた。
「はい、御主人様や私が他の世界に行った後では難しいかもしれませんけど、今ならむしろ簡単ですよ?」
 確かに、一昨日、馬車ではねてしまった男を私が連れて行った様に、私や永久がナビゲートすれば、座標を記録しているあの世界との行き来は比較的容易だ。
 こちらに居場所がないのならいっそ、またあちらの世界に行って定住するのも悪くはないだろう。
「……ごめん、少し考えさせてくれないかな。あれだけ大見得を切って帰って来たのに、また直ぐに戻るとなると、矢っ張り恥ずかしいからさ」
 ……確かに恥ずかしそうだ。
「まあ、しばらくはこちらにいますから、その気になったら声を掛けて下さい」
「はは……有り難う」
 戒兎は酷く透明な笑みを浮かべると、朝食には手を付けず居間を出て行った。
「ぬう……」
 レイたんが寂しそうな顔で唸る。
 自分が作った朝食を、戒兎が一口も食べずに出て行ってしまったのが残念だろうか。
 その日の朝食は、何処か居心地の悪いものになった。

「ところで、お兄さん達は何処を見て回るのか決めているのか?」
 朝食から少し経って、気まずい空気も行くばかは薄れた頃、レイたんがそんな問いを口にした。
「いえ、今日か明日辺りに何処か良さそうな所を調べようかと思っていましたが、もしかして案内して貰えるのですか?」
「うむ、向こうでは楽しませて貰ったからな。今度は私が案内してやろう!」
 小さな体で胸を張る姿は、とても微笑ましいが……嫌な予感を感じるのは何故だろう?
「むう、どうしてこうも信用が無いのだ……」
 態度に出ていたのか、はたまた地の文を読んだのか、落ち込むレイたん。
 この子はこの子で、色々と思うところがあるのかも知れない。

「これと、これと……これもだな。うむ、こう言う時に大人が居ると便利だ!」
「…………」
 満面の笑みで、片手で持つにはやや大きい程の箱を、私の手の上に積み重ねていくレイたん。
 その箱の多くには、独特のタッチで少女の絵が描かれており……明らかに扇状的な姿をした少女が描かれた物も少なくは無い。
 ――あの後、レイたんに連れられて秋葉原と言う街を訪れた私達は、何故かレイたんの買い物に付き合わされていた。
 しかし……最初の方に見ていた何かの機械の部品も、女の子らしいかと問われると首を傾げるしかない物だったが、先程見ていた同人誌なる薄い本と、今見ているエロゲなる代物は明らかに成人男性を対象とした物なのでは無かろうか?

「……付き合わせてしまって悪かったな。友人とここに来るのは初めてで、つい羽目を外してしまったのだ……」
 申し訳なさそうに語るレイたん。
 案の定と言うか、レイたんの趣味は年頃の女の子として一般的とは言い難いらしい。
「いえ、これはこれで楽しかったので構いません。……あの時、あっさりと身体を許した理由の一端が分かった気もしますし」
 必ずしも、それだけが原因でも無いのかも知れないが、レイたんに聞かされたエロゲのシナリオを鑑みると、性的な事柄への抵抗が薄い原因の一部ではあるのだろう。
「むっ! ――まあ良い、折角だから昼食は奢ろう」
 レイたんは一瞬恥ずかしそうに頬を染めたが、あっさりと立ち直ると、丁度目の前にあった喫茶店の扉を押した。

「お帰りなさいませ、御主人様、御嬢様!」
 ……念のために言っておくと、今の台詞は永久では無い。
「ん? 本物のメイドを侍らせている、お兄さんをメイド喫茶に連れて来たら、どうなるものかと思ったが、案外面白味の無い反応だな」
 どうやら、店員がメイドに扮して接客する趣向の喫茶店らしい。
 レイたんは私の反応を楽しみにしていた様だが、どうしろと言うのだろう?

「へえ、永久ちゃんは御主人様の奴隷メイドさんなんだー」
「はい! でも、御主人様は、とても良くして下さるから、偶に自分が奴隷で有る事を忘れそうになってしまうのです……」
 取り敢えず、レイたんが選んだだけ有ってか、食事や飲み物は十分に美味しかった。
「……確か、この世界では奴隷の文化は一般に忌避されていたと思うのですが……もしかして、ただ単に奴隷への虐待や、過度の重労働が問題視されているだけだったりしますか?」
 奴隷を連れている人間には重要な事だけあって、その世界で奴隷がどのように認識されているかは、魔王協会の支部などで問い合わせれば、比較的簡単に知る事が出来る。
 その情報によれば、この世界――と言うよりもこの国では現在、階級としての奴隷がそもそも公には存在しないため、特別に奴隷制度への批判は行われていないものの、実際に人間を奴隷として扱っている事が知られれば、それなりの非難を覚悟する必要が有るはずだ。
「いや、ただ単にプレイの一環だと思われているだけだろう。ここのお姉さん達は、変な子供には私で慣れている筈だからな」
「……成る程」  確かに、永久に対しては特に酷い扱いをしている訳でもないから、そう言う事があっても不思議では無い。
 ……と言うか、自分が変な子供だと言う事は自覚していたのですね。

05

「美味しいですね、御主人様!」
 山と積まれた茶菓子の一つを手に取り、口に運ぶ永久。
「喉に詰まらせない様、ゆっくり食べるのですよ」
 少々ペースが早い様に思えたのでたしなめる。
「はい、御主人様!」
 永久は素直に頷く。
 偶にとんでも無い量を口に入れようとするので油断出来ない。

 秋葉原観光の翌日、慌ただしくレイたんの買い物に付き合わされた昨日とは一転、今日はこの国の古都京都をゆっくりと見て回っている。
 有名な観光名所に行けば人も多いのだろうが、昨日の埋め合わせの積もりなのか、レイたんは穴場を中心にゆったりとした日程を組んでいた。
「ここの茶と茶菓子はお気に入りでな、京都に来る度に足を運んでいるのだ」
 御茶をすすりながらそう語るレイたん。
 確かに茶も茶菓子も大変に美味で、これならば多少寄り道になっても足を運ぶ価値はあるだろう。
 これだけの名店にしては客が少ない気がするが、ゆっくり茶を楽しむのには向いているのだから、問いただすだけ野暮か。

「そう言えば、お兄さん達はどう言った理由で旅をしているのだ? 結構長く旅している様だが」
 三人でまったりしていると、レイたんがこんな事を聞いてきた。
「そうですね、今となっては単なる趣味でしか有りませんが、最初は、一度滅んだ世界がどの様に再構成されたのかを見て回りたかったからです」
 別に見るだけならば、わざわざ現地に行く必要も無いのだが、旧世界が滅んで以来、延々と眠り続けてきた私は、自らの足で世界を回りたいと思ったのだ。
 ……ただ単に暇だったのも有るが。
「……予想以上にハードな人生を送っているのだな。ところで旧世界とは何だ? 随分と面白そうな話だが」
 問うレイたん。
 良く見ると、横では永久も興味が有るのか、いくらかの期待を込めた瞳でこちらを見つめている。
「そう言えば、永久にも話した事が有りませんでしたか。――少し長くなるかも知れませんが、構いませんか?」
 折角なのでこの機会に話してしまおうと思い、二人に確認を取る。
「うむ! おばちゃん、茶と茶菓子を追加だ!」
「はい、御主人様!」
 話が長くなるとの言葉に、茶と茶菓子を追加注文するレイたんと、元気良く頷く永久。
 ――では、語るとしましょうか。

「まず旧世界とは、言葉通りに今の世界が出来る前に存在していた世界で――ついでに私の故郷でも有ります」
 二人も、この程度は感づいていたのか、特に口を挟む事もなく話を促す。
「詳細は省きますが、私は旧世界の末期に、ある国の王族として生を受けました」
 この辺りまでは、何時か永久には話した事があったはずだ。
 永久は引き続き頷いている。
「成る程、何となく良い家の出かとは思っていたが、王族とはな」
 レイたんは僅かに驚いた様にも見えたが、さして間を置かず納得した様に頷く。
「続けますよ? 旧世界などと呼ばれている辺り、もう分かっているとは思いますが、色々あって旧世界は滅びました」
 幾ら何でも端折りすぎたかも知れないが、ここを詳しく話すと長くなりすぎて別の話になってしまう。
「いや、流石にもう少し話して欲しいが……まあ、別の機会にゆっくり聞かせて貰おう」
 レイたんは不満そうな表情を浮かべたが、直ぐにいつもの調子に戻ると、続きを促す。
「――続けますよ? 旧世界が滅んだ後、何だかんだで生き残った私は、世界がある程度形を取り戻すまで眠っていました」
 自ら世界を再構成すると言う選択も考えなかった訳では無いが、あの時は失った物の重さに潰されてしまいそうで、大まかな方向性を定めるまでが限界だった。
「そして久しぶりに目覚めた時、以前とは幾分変わってしまったとは言え、見事に形を取り戻した世界に懐かしさと感動を覚え、新しい世界の隅々までを自らの足で見て回りたいと思い、旅を始めたのですよ」
 特に、一部の地域がほとんど形を保ったまま独立した世界になっていたのには驚きを隠せない。
 何時か、永久がビフレスト条約に巻き込まれて魔法少女役を演じた際に、ライバル役の娘との最終決戦の場所として選ばれた旧エンブリオ領はその一つだ。
「成る程、やけにスケールが大きかったが、お兄さんなら普通に有り得るからな。特に疑いはしまい」
 突拍子もない話だったにも関わらず、あっさりと納得するレイたん。
 案外、無意識の内に話の真贋を見抜いているのかも知れない。
 レイたんの異能ならば、そう言った事も十分に有り得る。
「……まて、私の異能とは何だ?」
 話が終わり、一息付こうとしたところで、レイたんから疑問の声が挙げる。
「自然に使っているので、自覚しているものだとばかり思っていましたが……、改めて考えてみれば、生まれた時から持っていると、中々、特別な物とは認識し難いかもしれません」
 発火能力の様な分かり易い異能ならば、嫌でも周囲が気付くだろうが、レイたんが持っている様な認識系の異能は余程の事が無い限り、少し変わった子だと思われて終わりだろう。
「どんな異能なのだ?」
 期待に満ちた目で見つめて来るレイたん。
「傍観の異能などと呼ばれる物で、世界の内側にありながら観測者の視点で世界を俯瞰出来ます。主に地の文を読むための異能ですね」
 私の答えを聞いたレイたんは、酷く微妙そうな顔で呟いた。
「……単なるメタ発言かと思っていたら、そんな設定があったのだな」
 自分で言った事にしては妙な感想を持っていたレイたん。  実の所、傍観の異能の持ち主には結構有り勝ちな事だ。
 この異能の持ち主は、しばしば主観と客観が曖昧になるらしい。
 少し横を見ると、永久は意味が分からないと言った顔で首を傾げている。
 ……そう言えば、永久はこの手の話を認識出来なかったか。
 この手の話は、認識出来ない相手には、どれだけ話しても何故か微塵も理解して貰えないのだ。
 仕方が無いので永久の頭を撫でると、心地よさそうに目を閉じてすり寄って来た。
 隣ではレイたんがどこか羨ましそうな目でこちらを見ていたので、もう片方の手で撫でると、同じ様にすり寄って来る。
 二人の少女を撫でながら空を見上げると、そこには身を投げて沈んで行きたくなる様な、酷く透き通った紺碧があった。

06

 レイたん達の世界に来てから月が半周期程巡る頃。
 あれから、レイたんの案内で観光地を中心に彼方此方を見て回った。
 ……平然と私達の偽造パスポートを入手して来た時は驚いたが、レイたんだからと言う事で納得する。
 そんな生活の中、何日か前に戒兎はあの世界で一生を終える事を決めて旅立っていった。
 向こうでの生活基盤は有るそうだし、一応の餞別も渡して置いたから、少なくとも当面は何とかなるだろう。

「お兄さん、頼みたい事があるのだが聞いて貰えるか?」
 いつもの様に朝食を食べた後にくつろいでいると、やけに改まった様子で尋ねてくるレイたん。
「聞く位は構いません。もちろん、返答は聞いた上で考えさせて貰いますが」
 何となく無理難題を突きつけられそうな気がしたので、釘を刺して置く。
「ぬう、相変わらず信用が無いな……まあ良い、実は私もお兄さん達の旅に連れて行って貰いたいのだ」
 レイたんの言葉は予想外だったが、反面、何処かレイたんらしい物でも有った。
「……一応、理由を聞いて置きましょうか」
 殊更に断る理由は無いが、一応は聞いて置いた方が良いだろう。
「うむ。実はな、この家に戻りたかった理由の大半は、戒兎兄上を待つためだったのだ。戒兎兄上がこの家を出て例の世界に永住する以上、この家に拘る意味はもう無い」
 想像していたよりは、幾分重い理由を語るレイたん。
「成る程、理由は分かりましたが、そう言う事なら戒兎に付いて行こうとは思わなかったのですか?」
 戒兎ならば断る事も無いだろうから、敢えて私達に付いて来ようと言うのは、些か不自然だ。
「それも考えなかったわけでは無いのだが……矢張りお兄さんと一緒の方が落ち着くし、楽しそうだったからな。……駄目か? もちろん雑用や夜伽もするぞ?」
 レイたんは珍しくも必死さを滲ませながら上目遣いに見つめてくる。
「……もう気付いているとは思いますが、私も永久も普通の人とは幾分異なった時間を生きています」
 私自身は事実上の不老不死であるし、永久に関しても老いとは無縁だ。
「うむ、その様だな」
 だからどうしたとでも言いたげに頷くレイたん。
「人が、私達の様な存在の暇つぶしに付き合って時を費やすのは、剰り奨められる事ではありません。月並みな言葉ですが、人は人として生き、人として死んで逝くのが一番です」
 慣例なので一応止めては見たが、これでレイたんが考えを変えるとは思えなかった。
「……まさか、棒読みで止められるとは思わなかった。だが、そんな止め方をして来るとなると、付いて行っても良いのだな?」
 どうやら棒読みになっていたらしい。
「レイたんの場合ここで断っても、何処か別の所で妙な事に首を突っ込むのが見えていますから。それなら、いっそ目の届く所に置いて置いた方が安心です」
 溜息と共に告げる。
 人が人の枠を外れるのも、それはそれで才能がいるものだ。
 ……幸か不幸か、レイたんはそう言った才能に満ち溢れている様で、このまま普通に人生を全う出来るとは到底思えない。
「いやいや、私はお兄さんの中でどう言う認識をされているのだ! ……否定は出来んが」
 有る程度の自覚はあったらしい。
「まあ、そう言った訳で、これからも宜しくお願いします」
 少しだけ改まって、軽く会釈する。
「うむ、こちらこそ宜しく頼む!」
 とても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて頷き返すレイたん。
 こうして、私達の旅にレイたんが付いて来る事になった。

「そう言えば、この世界には魔法やそれに類する物は無いのか?」
 レイたんが付いてくる事になったからと言って、まさか直ぐに出発する訳も無く、御茶をすすりながらくつろいでいると、こんな事を聞かれた。
「一般人には秘匿されているものの、裏を覗けばそれなりに有るそうです。この国だと、京都の方を中心に陰陽術と呼ばれる独自の魔術が伝承されている他、魔族と契約して力を得た悪魔能力者と呼ばれる存在が夜な夜な戦いを繰り広げているそうですよ」
「……面白そうな事は、案外、身近に転がっている物なのだな」
 何処か呆れた様に返すレイたん。
「付いてくるのは止めますか?」
 横から永久が首を突っ込んでくる。
「いや、この世界にも楽しい事は幾らでも有るのだろうが、それでも私はお兄さん達に付いて行きたい。ここには、思い出が多すぎる……お兄さんとの二人旅を邪魔してしまって、永久たんには少し悪いがな」
 レイたんの言葉に、永久は頬を薄く染めて俯いた。

「時に、この世界から発つ前に悪魔能力者とやらを見てみたいのだが、どうすれば会えるのだ?」
 唐突に話題を変えるレイたん。
 陰陽師は良いのだろうか?
「夜な夜な路地裏で戦っているそうですから、認識阻害程度は使っているそうですが、意識して探せば探せば割と簡単に見つかると思いますよ」
 実の所、これまでにも気配を感じた事は何度もあった。
「よし! 今夜見に行くぞ!」
 威勢良く宣言するレイたん。
 ……魔族と自分から契約するような人間は、大抵が危険人物なのだが。

「ば…馬鹿な、俺の無限死葬曲(アンリミテッド・ボーンダンス)を無傷で受け止めるだと!」
 出会い頭に、私達に向けて無数の骨の槍を放った悪魔能力者の少年が驚愕の表情を張り付けた顔で叫ぶ。
 因みに、契約した魔族の力を取り込んでいるらしく、彼は黒い骸骨をこねくり回した鎧を身にまとったかの様な姿をしている。
「気を付けろ! 奴は確実に貴族級魔族だ! あれだけの魔力、最低でも伯爵級、場合によっては侯爵級や公爵級……最悪魔王級の可能性すら有る! くそっ! 何でこんな所にあんな化け物がいやがるんだ!」
 少年の肩に乗っている手の平サイズの魔族が叫ぶ。
「……やけに説明的な台詞だな」
 ポツリと呟くレイたん。
「……序でに戦っていきますか?」
 明らかに向こうが戦う気満々なので聞いてみる。
「いや、ここで迂闊に戦うと変なフラグが立つ可能性がある。……もう手遅れかも知れないが」
「……では、帰りましょうか」
「……うむ」
 彼らがこちらを警戒して、動きを止めている間にさっさと帰る事にした。
 ……少しだけ、彼らには悪い事をしたかも知れないとの考えが過ぎったが、気にしない事にする。

 その後、私達はレイたんの身辺整理を待ってこの世界を後にした。
 さて、次はどんな世界に行こうか?