大武会の受付に赴き、黒騎士の分まで登録を済ませた私達は、明日の予選に備えて宿に戻った。
「黒騎士、居ますか?」
「はっ! 此処に!」
「クロキシ、クロキシ」
宿に戻ると、空洞になっている黒騎士の中に、ピーちゃんが居た。
……居ないと思ったら、こんな所に。
「ただいま、ピーちゃん!」
「オカエリ、オカエリ」
永久が、黒騎士のフェイスガードを押しのけて出て来たピーちゃんに、挨拶をしている。
……夜色の全身甲冑の顔面から、骨だけの鳥が生えている様というのは、非常にシュールです。
「黒騎士、貴方も明日の大武会に出場することになりました。準備をしておきなさい」
「ハッ、了解であります!」
……心なしか、制御用仮想精霊式を組んだ当初よりも、黒騎士が情けなく見えます。
確かに、黒騎士の制御用仮想精霊式には、極めて高い学習機能がありますが……、酷使しすぎたのでしょうか?
いずれ、暇な時にでも解体してみましょう。
「御主人様」
夜、ベッドに仰向けに横たわっている私の上に乗って、血を吸っていた永久が、私の首筋から口を離して声をかけてきた。
……念のために言っておきますと、薄いながらも夜着は着ていますよ?
とは言え、私が求めれば、この子は拒まないのでしょうが……。
「どうしましたか?」
硬質な月の光が、永久の幼い肢体を淡く照らし出す。
その光は、見慣れた少女を幻想的に、そして何処か蠱惑的に飾りたてていた。
「明日の大武会、大丈夫でしょうか……」
永久が不安げに口を開く。
その様は、窓から差し込む月の光と相まって、酷く儚げに映った。
「大丈夫ですよ、蘇生術の使える医療部の魔術師もすぐ側で待機していますし、彼らでは無理な場合でも私が蘇生しますから。それに、永久に致命傷を与えられるような存在は結構限られてきますよ?」
負傷や苦痛には妙に無頓着な子ですから、そこにはふれなくても良いでしょう。
「はい、御主人様!」
そう言って、満面の笑みを浮かべた永久は、再び私の首筋に牙をたてた。
そうして私は、とろけるような快楽に身を任せ、眠りの淵へ落ちていった……。
翌朝、宿を出るときに主人が「ぐひひ、昨晩はどうでしたか、旦那?」と下品な事をのたまったり、客室の清掃に向かった従業員が「血、血が!」と叫んだり、厩舎で一人消えたりはしましたが、何事もなく大武会の会場にたどり着くと。
「さあ、今回で二千三百六十二回目となる大武会ですが、今回はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!?」
「選手の、皆様に、置かれましては、蘇生術が、使える、医療部の、魔術師が、待機して、おりますので、存分に、殺し合って、下さい、です」
テンションが高めの二十代前半の男と、文節ごとに区切って話す、十代半ばの、所謂ゴスロリ服に身を包んだ少女、二人の司会がルールの説明を始めた。
……第十二次最終戦争直後の第一回から司会をしている彼らも、恐らくは見た目通りの年齢ではないのでしょうが。
「申し遅れました、今回も司会は私、ファランクスと」
「人形遣いが、お送り、します、です」
「大武会は、参加者をA〜Hの八つのブロックに分けて行われる予選サバイバルと、各ブロックの勝者八名により行われる決勝トーナメントからなります!」
「勝敗は、勝者以外が、降参するか、死亡した、時に、決まります、です」
「さあ、時間も押して参りましたので……、」
「試合開始、です」
……さて、いつも通り人形遣いのやる気のない宣言で大武会予選サバイバルが幕を開けたのですが……、今大会の参加者数は過去類を見ない約十万人でした。
……と言うわけで、私の周りには一万人以上の超人が蠢いております。
次からは、予選のブロック数を増やした方が良さそうですね……。
「さあ、まずはAブロック! Aブロックには主催者である、魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世様が参戦されています、どの様な……」
さて、早く片づけて他の試合でも見に行きましょう。
「秘剣・狂月」
抜刀、そして納刀。
一刹那の後には、予選サバイバルAブロックの会場に、私以外の人影は立って居なかった。
ただ、深紅の濃霧が立ちこめるのみ……。
「…………」
「蘇生班、出動、です」
まずは、永久の試合でも見に行きましょうか?
予選Dブロック、永久が参加している試合会場も、赤い霧に包まれていた。
大きく違うのは、Aブロックの霧は対戦相手達の血液(と微細な肉片)であったのに対して、この霧は永久自身の血液で構成されているという事でしょう。
霧を吸い込んだ対戦相手達が、次々に倒れていく。
永久はそれを見ながら、「すいません、すいません」と謝っている。
「蘇生班、出動、です」
……ふむ、今晩は貧血で倒れますね。
「ライトニングブレイド!」
……カイル?
彼は、本当に何処にでも現れますねえ……。
黒騎士は……、まあ良いか。
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
辞書?
「前大会の優勝者、辞書超人オメガ氏、今回も絶好調です!」
「オメガ氏は、本を、食べると、書いてある、知識を、自らの物に、出来ます、です」
後の三ブロックはもう良いでしょう。
さて、永久の看病の準備でもしましょうか?