力を求める者06

「抽選の結果、第二試合はカイル選手VSピテト選手の試合です! カイル選手は、全長十五メートルの巨体にどう立ち向かうのでしょうか!」
「試合、開始、です」

 闘技場では、全長十五メートルの巨人と、大剣を構えたの青年が向かい合っていた。
 巨人が盛んに殴りかかるも、青年は無駄のない動きでその全てをかわして、一発たりとも当たる気配はない。  ……まあ、大きいとは言っても、彼がこれまでに戦って来た竜魔王ドラゴや、魔王協会亜空軍第一主力艦隊旗艦アマリリス二世とは比べるべくもないですから、カイルが負ける様な事はないでしょう。
 そんな事よりも問題は……。

「えっ! こんな小さな女の子を連れてるなんてお兄さんって、もしかしなくてもロリコン?」
「あの、こんな外見ですけど一応、百年以上は生きているんですよ?」
 確かに、永久の外見年齢は十二・三歳で止まって仕舞っている上に、精神年齢も外見相応か、あるいはそれ以上に幼いとは言え、彼女も今年で百八歳、ごく一部の種族――肉体、精神共に成長が極度に遅い種族も存在するが、永久の場合は単に幼い状態で肉体の成長が停止しているだけなので、これには含まれない――を除いて、子供扱いをされる様な年齢ではない。
「大体、君はお兄さんとどんな関係なの?」
「永久は、遠縁の……」
 親戚で、と言おうとした瞬間、その言葉は永久によって遮られた。
「私は、御主人様の奴隷です!」
 ……嘘も間違いも含まれていないだけに、弁解のしようがない。
 ついでに言っておくと、詳しい説明は省きますが、私が言おうとした遠縁の親戚云々も一応真実ではあります。
「な、な、なっ、なんてプレイを強要してるの! こんな幼い子に!」
 ミーシャが、顔を真っ赤にして金切り声をあげる。
 ……さて、どうしましょうか?

 私達が騒いでいる間にも、試合は順調に進展していた。
「ふん! 小僧、中々やりおるな!」
「貴様こそ!」
 巨人ピテトが笑い、カイルが返す。
 どうやら、戦って友情が芽生えたらしい。
 ……愛情に発展しなければ良いのですが。
 そんな、どうでも良い事を考えながら、紅茶を口に含む。

「御主人様が望めば、(検閲により削除)だって悦んでしてみせます!」
 ……そんな事を、大声で叫ばないで貰いたい。
「ち、ちょっと! お兄さん! 何をしたの!」
 ……実は、私にも分かりません。
 昔は、もう少し普通だった様な……、あれ? 昔からでしたっけ?

 永久の、私に対する信仰――それも狂信――としか言い様のない感情が何処から来たのか、私は知らないのです。
 いつの間にか、こうなって仕舞ったとしか言い様がないのだ。
 それが、彼女の本質なのだと言ってしまえばそれまでですが……。

「御主人様、どうなさいましたか?」
 つい、考え込んでしまったらしい、永久が心配そうに顔を覗き込んで来る。
「はっ! まさか、(以下、検閲により削除)」
 ミーシャが真っ赤になって、暴走し始めたので。
「永久、逃げますよ」
 こう言う時は、逃げるに限る。
「はい、御主人様!」

 そこは、遙かな虚空の領域。
 そこには、確とした足場すらなかったが、その場所に降り立った二人には、その様な事は問題にもならない様だった……。

「空から観ると、また違った趣がありますね」
「はい、御主人様!」
 あの後、私達は闘技場の上空に転移した。
 ここならば、永久と二人でゆっくりと観戦出来ます。
「そろそろ終わりますよ、御主人様」
 永久の言葉通り、地上ではカイルがピテトの首をはねていた。
 ……このルールはどうにか成らないものでしょうか。
 蘇生するとは言え、相手が降参せずに気絶してしまった時などに相手を殺さなくてはいけないのは、何かが間違っている気がしてならない。
「御主人様、次の試合が始まりますよ!」
 再び地上を見ると、二人の選手が向かい合っていた。
「黒騎士と……辞書超人オメガでしたっけ」
「はい、御主人様! そう言えば、黒騎士は強いのですか?」
 そう言えば、永久の前で黒騎士が戦ったことはありませんねえ。
「ええ、あれでもリビングアーマーとしては最強クラスの筈です」
 いくら雑用にこき使っているとは言え、現存する最強の装甲材であるヨルイロカネで造った鎧に、剣の達人達の戦闘データをインストールしてある以上、弱いはずがない。
「でも、負けていますよ?」

「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
 ヨルイロカネを紙の辞書でへこませるとは……。
 まあ、魔力で辞書を強化しているのでしょうが……。
 因みに、この魔力ですが世界によって結構呼び方が違って、超人界ではスペースエナジーと呼ばれているとか。

「……死にましたね、黒騎士」
「はい、御主人様!」
 黒騎士は、何処が頭なのか腕なのかも分からない様な、歪な球体になっていた。
 ……後で直さなくてはいけませんね。
「永久、次は確か貴女の試合です。頑張ってきなさい」
「はい、御主人様! 行って参ります」
 永久は一礼すると、呪文を唱えて控え室に移動した。

 地上では、永久と対戦者が向かい会っていた。
「小さな女の子とは言え、ここで会った以上手加減はせぬが、良いのか?」
 表皮がオリハルコンに置換された超人が、その外見には似合わぬ礼儀正しさで問いかける。
「はい、御主人様に応援されてしまいましたので」
 永久は満面の笑みで答えた。
「ふむ、小気味よい!」
 超人――因みに名前はコジロウ――は一瞬で間合いを詰めて、手刀を突き出した。
 手刀は抵抗なく永久の胸に突き刺さる。
「我が皮膚はオリハルコンで出来ておる故に、あらゆる攻撃を弾くのみならず、この様に武器として用いることも出来る」
 コジロウは説明を終えると、手刀を引き抜いた。
 その手には、未だ脈動を続ける真っ赤な心臓が握られていた。
「すまぬな……」
 コジロウが永久に背を向けて、勝利のアナウンスを待っていると……。

「表面がどれだけ堅くても、中は柔らかいお肉ですよね?」
 胸に穴が空いたままの永久が、あろう事か平然と立って話していた。
「馬鹿な! 確かに心の臓を!」
 コジロウは、あり得ない物を見たかの様に叫んだ。
「えっと、その、産まれた時から体に欠陥があって、ほとんど魔力で動かしているので、内臓を一つ二つ持って行かれても結構平気なのです!」
 会場の全員が絶句した。
 見ると、胸の穴もいつの間にか塞がっている。

「……永久、心臓が無いまま再生すると後が面倒ですよ」
 私は、上空で頭を抱えていた。

 私の苦悩など知るはずもなく、試合は続いていく。
「大地さん、闇さん、力を貸して下さい」
 永久が、大地と闇の精霊の力を借りて重力結界を発生させる。
 因みに、永久は産まれながらに精霊や幽霊と言葉を交わし、その力を借りることが出来る、天然の精霊使いと呼ばれる珍しい存在なのですが……。
「あの、そんなに張り切らなくても……」
 ……普段は、自らの肉体と精神を媒介に、意志を持たない魔力を術式を用いて制御する、魔王協会軍正式採用汎用術式と呼ばれる方式を使い慣れているせいか、あるいは精霊達に好かれ過ぎているのか、彼女が精霊魔術を使うと、効果が大きくなり過ぎるきらいがあった。

 結局、オリハルコン箔の様に薄くなったコジロウを見て、ファランクスは永久の勝利を告げるのだった。