力を求める者08

「決勝進出おめでとう御座います、御主人様!」
 永久は私に駆け寄ると、首筋に顔を埋めて血を啜りだした。
 予想道理と言うべきか、相当に飢えていたらしく、直ぐに貧血で動けなくなってしまった。

「行って参ります、御主人様!」
 私を行動不能にした永久は、闘技場に駆けていった。
 確か、次の試合は、永久と辞書超人オメガの試合だった筈です。
 ……つい先程、ようやく思い出しましたが、あれは技術部のマッドサイエンティストとマッドソーサラー達が、予算対効果を完全に度外視して造り上げた、最強の最終決戦用超人の一体だった筈です。
その力は、並みの神や魔王では太刀打ち出来ない程……。
 たとえ人格が崩壊していても構わないので、とにかく優秀な人材を基準にスタッフを集めただけあって、しばしばこう言った暴走をするのですよねえ……。
 そんな化け物を相手に、永久がどれだけ戦えるのか、心配な反面、彼女の魔術の師としては、少しばかり楽しみでもある。

 ……この展開は予想しておくべきでした。
 オメガの辞書は永久の肉を抉り、永久の魔術はオメガの表皮を貫く。
 互いに全力で傷つけ合うが、どちらも次の瞬間には完全に再生してしまい、ダメージの蓄積は一切無い。
 魔力量に限界がある以上、永遠に続く事はありませんが……。
 ……このペースであれば、二百年程度でしょうか?
 永久の「飢え」も、戦闘行動に限れば、大した問題にはなりませんし……。
 不毛な戦いを繰り広げている二人はさておいて、私の試合の間、永久に血を吸われていたらしく、恍惚の表情で倒れているミーシャは、どう致しましょう?

「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世か?」
 医療班にミーシャを預けて一服していると、背後から声がかかった。
 ……一々、意味もなくフルネームで私を呼ぶ人は一人しか居ませんね。
「どうしましたか、カイル?」
 振り向くと、予想道理の顔があった。
「いや、特に用がある訳でもないがな」
 そう言いつつ、私の隣に腰を下ろす。
「取り敢えずは、御茶でもいかが?」
 空間から茶器を取り出し、二人分の御茶を淹れる。
「美味いな」
「それは重畳」
 これと言った会話もなく、しばし茶をすする。
 やがて、カイルが口を開いた。
「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、御前達は結局何がしたいんだ? 魔王を名乗り、神に敵対しながらも、時には世界を守ろうとしている様も見える。長年御前達と戦ってきたが、未だに分からない」
 この勇者、真面目な話も出来たのですねえ……。
「魔王協会が全体として何を目的としているのかは、もはや私にも分かりませんが……、私自身は、かつての同胞達が望んだ、この歪な楽園を守りたいだけです」
 そう告げると、私は御茶を一口すする。
「かつて私達は、古き神々の用意した、自然で、それ故に残酷な終焉を否定して、代わりに優しくも、歪な楽園を望みました。この世界は既に狂気の中……」
 あの時、私達は一つの正しい運命を否定した。
「何を言っているのか、いまいち分からないが?」
「いずれ、嫌でも分かりますよ。貴方は、次なる終焉の物語の主役なのですから」
 カイルは、まだ不満そうな顔をしていましたが、もう話す事など無いと言わんばかりに、私は話を締めくくった。
 ……と言うよりも。

「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
「加速術式五番を凍結、障壁術式一番を出力最大で緊急起動!」

 ……闘技場で行われている、不毛極まりない試合を観ていると、真面目な話をしているのが、馬鹿らしくなってしまっただけですが。
 と言うか、いかに規定とは言え、三日間続いた試合の直後に、また延々と続きそうな試合を行うのは、どうかと思いますよ……。

「所でカイル、観客への飲食物や寝具の配布を手伝っていただけませんか? 裏方業務の過酷さに、雑用として雇った現地スタッフの大半が、逃亡してしまいました」
 小遣い稼ぎに来た連中はともかく、今回の給金が出なければ、飢えて死ぬしかない者達までもが、続々と逃亡を始めるとは……、一体何があったのでしょうか?
「何故、俺がそんな事をしなければ……」
「時給、出ますよ」
「喜んでやろう!」
 行く先々で依頼を受けて生計を立てるも、情に流されて無報酬で働くことも少なくないカイルは、常に金欠に苦しんでいるらしく、時給の話を出すと直ぐに了承してくれた。
 と、その時、背後から声がかかった。
「お、お兄さん! 永久ちゃんだけじゃ飽きたらず、男にまで!」
 治療が終わったらしいミーシャは、出てくるなりとんでもない勘違いをしていた……。

 結局、何故か付いてきたミーシャも加えた三人で、眠ってしまった観客に毛布を掛けたり、目を血走らせて観戦している観客に飲み物を渡したりと言う雑用をこなした。
 なお、僅かに残っていた現地スタッフや、彼らの指揮監督に当たっていた超人界支部支部長は、過労で気絶していたので、そっとして置いた。
 永久とオメガの試合は、未だに終わる気配がない……。