「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、貴様はどちらが勝つと思う?」
「魔力の総量で勝っている以上、いずれオメガが勝つでしょう。……終わるのは、推定二百年後ですが」
十日後、永久とオメガは未だに戦い続けていた。
「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、まさか、このまま続ける気か?」
二百年と聞いて、流石に焦りを見せるカイル。
観客は、とうの昔にだれて居ますしねえ……。
「そろそろ、試合を終わらせるための処置が執られる筈ですが……」
加速術式零番――熱量の発生を目的とする、壱番以降の術式とは異なり、あらゆる事象の加速を行い、結果的には時間を加速したように見える術式――を用いて、試合を早期終了させるはずだ。
「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、そんな便利な物があるなら、もっと早く使え!」
「地の文に、突っ込まないで下さい。試合結果に、全く影響が出ないとも言い切れませんから、使わないに越したことはありません」
もっとも、そこまで厳正な試合結果を求める必要も、ない気はしますが。
待機していた魔王協会の魔術師達が、呪文を唱え始めると、戦闘が急激に加速した。
……何と言うか、ここまで早くなるとギャグですね。
約三十分後……。
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
どうやら、オメガが勝利したらしい。
さて、干からびた永久を回収しましょうか?
「ふにゅ……。もう、戦うのはこりごりです……」
先程の試合で魔力を使い尽くした永久が、私の首筋から血を啜りながら、そんな事を呟いた。
……まあ、確かにあれはトラウマものですね。
因みに、あの様な高い再生能力を持った相手と戦う場合、再生を許さない程の短時間で体組織の全て、ないしは大半を破壊する戦法が基本戦術となります。
……まあ、今回は双方共に火力不足だったせいで、随分と長引いてしまった様ですが。
さて、明日の試合は、あまり長引かせない様にしましょう。
翌朝。
「大丈夫ですか、御主人様?」
昨日とは打って変わって、すっかり顔色の良くなった永久が、上目使いに尋ねた。
昨晩、魔力を使い尽くした永久に、血を吸い尽くされたせいで、どうにも足下が覚束ない。
とは言え、今日の決勝戦で不様な戦いをすると、次大会の集客率に影響が出ますね……。
……まあ、昨日まで十三日間、休憩無しで戦い続けていた以上、今更と言えば今更ですが。
「大丈夫、……取り敢えず体は動きます」
「はい、御主人様!」
永久が抱きついて、首筋に牙を立てた。
……まだ、吸い足りないのですか?
「さあ、いよいよ……」
「決勝戦、です」
「対戦カードは、魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世VS辞書超人オメガ!」
ファランクスと人形遣いが、決勝戦であることを告げるが、昨日までの泥仕合のせいか、観客はすっかりだれている。
「試合、開始、です」
「ルーツとやら、重病人にしか見えぬが、容赦はせぬぞ!」
どうやら、私の顔色は相当に悪いらしい。
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
しかし、オメガは宣言通り、その様な事は一切気にせずに、辞書で殴りかかって来た。
「通す物無き盾」
その一撃を、私は矛盾の逸話に由来する魔術障壁によって防いだ。
「刀は抜かぬか?」
オメガは、私の腰に差した夢幻に目をやる。
「私の抜刀術はただの趣味でして。最終決戦使用の超人など、相手に出来ませんよ」
……そんな事よりも、貧血で足下が覚束ない。
「そうか!」
オメガは障壁を破れないと悟ったのか、距離を取った。
「通さざる無き矛」
私は好機とばかりに、先程の障壁と対を成す、不可視の矛を放った。
しかし、矛はオメガの胴を貫くも致命傷とはならず、オメガは再び距離を詰めようと、足の裏から火を吹いた。
……超人のトンデモ体質には、もう慣れました。
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
オメガは、辞書により多くのスペースエナジー(魔力)を込めると、再度殴りかかって来た。
私は、存在確率の改変によって、その攻撃を避けると、オメガを滅ぼすための術式を組み始める。
それは、異形の奇跡。
それは、古く忌まわしき神の御技。
それは、煉獄の劫火の名を冠された断罪と終焉……。
かつては、忌み嫌った力ではあるが、オメガの様な存在を相手取るのであれば、最も有効な手段である。
「灼け」
必要なのは、その一言。
否、本来であれば、それすらも必要ではない。
ただ、私が望むだけで、私の血脈に刻まれた、創世の奇跡と対を成す、終焉の劫火は敵を灼き滅ぼすだろう
何故なら、私の意に添わぬモノが消える事は、世界の望みでもあるのだから……。
まあ、それはさて置いて、当然の事ながらオメガは燃えていた。
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
……最期の雄叫びも、ディクショナリーなのですか。
やがて、オメガは灰さえも残さずに消え去った。
「優勝者は、魔王協会会長、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、です」
人形遣いが、無表情に私の優勝を告げる。
ファランクスは、ミーシャや永久の子守をしてくれている様だ。
観客は……、何故か目が虚ろです。
「優勝、おめでとう御座います、御主人様!」
「お兄さん、おめでとう」
「これより、表彰式の、準備を、行います、です」
「貴様を倒すのは俺だ!」
司会席に戻ると、永久達の祝福の言葉が待っていた。
……いえ、後半の二人は微妙に違う気はしますけど。
……それに、何人か忘れている様な気がします。
しかし……。
「御主人様!」
「あ、あの、お兄さんの子供を産むって話だけど……」
「…………」
永久は私の首筋に飛びつき、ミーシャは有耶無耶になってしまった幾つかの事柄に抗議し、人形遣いは無表情に表彰式の準備をしている。
この、混沌とした活気の中では、あの様な些細な疑問など、いつの間にか忘れてしまうに決まっているのだから。
「ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、もしや、この謎空間が貴様の望んだものなのか?」
カイルは、意外に鋭い直感で私達の悲願を見抜いた様だ。
最も私は、その正解に対して、ただ微笑みを返すだけなのですが。
因みに、その後復活したオメガは、準優勝の副賞として表彰式で手渡された、時空転移魔術の奥義書を雄叫びと共に貪り、時空転移魔術の奥義を修得していた。
……いつの間にか、永久に血を吸い尽くされていたファランクスと、以前オメガに丸められたままだった黒騎士の治療・修復が必要だったことも付け加えておきましょう。
こうして大武会が幕を閉じた後、私達は大武会の賞品や副賞と共に、他にみる物もない超人界を後にした。