「永久=桜乃小路=アイオーン様で間違い有りませんか?」
膨大な数の魔法生物達を、圧倒的な力で蹂躙する四人を何となく眺めていると、唯一戦闘に参加していないセイントブルーが声を掛けて来ました。
「はい、そうですけど。何か御用ですか?」
私は声を返しました。
神威連合の走狗が何の用でしょうか?
「申し遅れました、神威連合評議会直属臨時特務戦闘部隊破邪戦隊セイントレンジャー所属セイントブルー、オフィエルと申します。タンタロス会長より手紙と辞令を預かっております」
そう言って、彼は二通の封筒を取り出しました。
「御主人様から、ですか?」
まずは手紙の封を切ります。
『永久、まだ誰も吸い殺していませんか? 今日明日中に対策を講じるので、早まらないで下さい。さて、神威連合との交渉は概ねまとまりましたが、細部の調整のために数日は帰れそうにありません。臨時特務執行官の辞令を発行したので、その間の判断は、手紙を預けた神威連合の特殊部隊への対応も含めて永久に一任します。それでは、くれぐれも余計な死体を作らない様に』
もう片方の封筒を開くと、今日の日付や魔王協会のロゴと共に『魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世の名に置いて、永久=桜乃小路=アイオーンを臨時特務執行官に任ずる』の一文が書かれていました。
御主人様が御望みなら、どの様な事でも成し遂げて見せます!
と言いたい所なのですけど、渇きだけは何ともし難いのです……。
「ところで、オフィエルさんは戦わなくても良いのですか?」
手紙を読み終えると暇になってしまったので、気になっている事を聞いてみました。
そして、返ってきた答えは何とも形容し難いものでした。
「私は……、事務員です……!」
そう答える彼の姿には、僻地に転勤させられたエリート官僚の悲哀が滲み出ていました。
その哀愁漂う背中に、それ以上の追求は酷だと思い、しばらく口を閉ざして彼を見守る事にしたのでした。
「御協力感謝します。私達だけでは、この支部を守り抜くことは適わなかったでしょう。魔王協会を代表して御礼を申し上げます」
私は、ドレスの裾を摘み上げて一礼しました。
あの後、魔法生物の軍勢はセイントレンジャー(セイントブルー除く)によって殲滅され、指揮官と思われる小夜と名乗った少女はいつの間にか居なくなっていました。
そして現在、全身タイツから着替えたセイントレンジャー達と、支部のロビーで向かい合っているのですが……。
「永久さん、大武会以来だな」
「私は……、私は左遷される様な事はしていない。そうだ、何故私がこの様な辺境世界に左遷されねばならないのだ。私よりも無能な奴は幾らでも居るじゃないか。はっ、まさかこの中途半端な能力が(以下、愚痴が続くだけなので省略)」
「議長の命だからな、逆らう訳には行くまい」
「永久ちゃん、また会ったね」
「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」
案の定、何時も御主人様に付きまとう勇者カイルを始め、大武会で知り合った猫耳超人ミーシャさんに、直接の面識こそ無いものの同じく大武会で顔を見た辞書超人オメガさんと、見覚えのある顔が並んでいました。
それにしても、当たり前の様に気合いで時空の壁を破るカイルや、時空転移魔術の奥義書を喰らって時空転移魔術の奥義を修得したオメガさんはさて置き、ミーシャさんはどうやってこの世界に渡ったのでしょうか?
騒ぎ続けるセイントレンジャー達を無視して考え事をしていると、リズエルが口を開きました。
「ねえ、取り敢えず自己紹介しない? 私はリズエル、創世神様に仕える天使よ」
成る程、セイントレンジャー達に対するこちらの対応は決まっていませんが、面識のない方もいるのでお互いに自己紹介をしておいても良いでしょう。
「それでは。私は永久=桜乃小路=アイオーン。魔王協会会長ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世様の愛玩奴隷であり、現在は臨時特務執行官を拝命しています」
私は、所謂営業用の笑顔を浮かべて名前と立場を述べました。
セイントレンジャー達も名乗り始めます。
「俺はセイントレッドことカイル。勇者なんて呼ばれている。まあ、宜しく」
そう言って、彼は爽やかな笑みを浮かべました。
「永久臨時特務執行官には先程も名乗りましたが、私はセイントブルーことオフィエル。普段は神威連合本部で事務員をしております。完全な非戦闘要員ですので、絶対に戦闘には巻き込まないで下さい」
……どうして、五人しかない枠に完全な非戦闘要員が入っているのでしょうか?
余程、事務処理能力が優れているのでしょうか?
「我はセイントイエローことミカエル。……タンタロス会長が放った怪光線を浴びてから、何故か無性に『かれ〜らいす』とやらが食べたいのだが。……そもそも、『かれ〜らいす』とは何だ?」
ミカエルさんの手が何かの禁断症状の様に震えていたので、近くの職員に言ってカレーライスを持って来させると、彼はスプーンも使わずに獣の如く貪り喰い始めました。
「私はセイントピンクことミーシャ。……お兄さんがいつの間にか居なくなってたから、カイルさんに付いて来てみたんだけど……、一体何が起こってるの?」
余り現状を理解出来ていないのか、ミーシャさんは猫耳をピクピクと動かしながら首を傾げました。
「我はセイントブラックことオメガ。力の求道者なり!」
高々と名乗りを上げたオメガさんは、お約束の様に「ディィィィィクゥゥゥショォォォヌァァァゥィィィィィ(ディクショナリー)」と叫びました。
原則として、各勢力一名ずつの、ある種の型に沿った正義の味方を選出するビフレスト条約。
最初に襲撃する所謂悪役を除けば、ほぼ唯一の例外である共通のコスチュームを身に着けた五人組を神威連合が選択した事は特に驚くべき事ではありません。
……でも、半分以上が神威連合にとって殆ど完全な部外者なのはどうしてでしょう?