「要するにビフレフト条約は、ある種の型にはまった物語を紡ぐための条約なのです。つまり、戦いがビフレフト条約の定める物語として完結を迎えれば、御主人様や神威連合の評議会が介入して休戦協定を結ぶ事も容易になるのです」
私はリズエルとセイントレンジャー(未だにカレーを貪り続けているミカエルは除く)を見回しながら、ビフレクト条約の特性と対策を語ります。
それにしても、私以外の誰もビフレフト条約の詳細を知らなかったのはどうしてでしょう?
他の面々はともかく、オフィエルさんも知らなかったのは少し意外です。
「つまり、どうすれば宜しいのですかな? 永久臨時特務執行官殿」
オフィエルさんに促されたので、続きを話します。
「具体的には、小夜と名乗った少女と直属の上司を処理すれば良いはずです。勿論、抵抗する様なら上層部も相手にしなくてはいけませんけど、ビフレフト条約の大前提として最初に戦いを挑んだ勢力は最後には負けますから、戦力削り以上の抵抗はしないと思います」
結局の所、この戦いは最初から結末が決まっているのです。
途中でどれだけ苦戦しても、最後には否応なしに私達が勝利してしまうのです。
戦いは好きではないのですが、それでもこれを戦いと呼んで良いのか疑問に思ってしまいます。
「最後には負けるって、どうして断言出来るんだ?」
カイルが(何故か手を挙げて)質問しました。
「極めて高位の世界律制御型魔術に、条文の内容を世界に刻み込む物があるのです。こう言った類の術式を強引に解呪する事は、ほぼ不可能ですから」
ビフレフト条約は、既に術式として世界に刻み込まれてしまっています。
この状態になると条文は自然現象に近い振る舞いをするので、力ずくで対抗する事は極めて困難なのです。
確かに、この様な性質を持つビフレフト条約を利用すれば、一つの世界に僅かばかりの影響力を持つに過ぎない現地の神性が、大魔界の様な巨大な世界間組織を退ける事も難しくないのですけど……だからと言って、無関係な私達を巻き込むのは止めて欲しかったです。
その日の夜、リズエルやセイントレンジャーの部屋割りを支部長に任せて、御主人様と私にあてがわれた部屋で眠りに就こうとした私は、血の禁断症状である乾きに襲われました。
「は……あっ……うっ!」
御主人様によれば、私のこれは心因性のものなのだそうです。
物心ついた時から、血に飢える経験が殆ど無かったため、血を吸えない状況に対する耐性が極度に低くなっているのだろう、と。
……もっとも、理由が分かっても押さえられる様なものではないのですけどね。
「ひっ……」
他者の血を、命を喰らいたいと言う欲求に流されそうになる。
でも、ここで流されてしまっては御主人様の命に背く事になってしまいます。
「んっ……」
少しでも衝動を誤魔化すために、自身の二の腕に牙を立てて血を啜ります。
相応の魔力を秘めているはずの血ですが、自分自身の血だからなのか、はたまた御主人様の血では無いからなのか、余り美味しくありません。
さらには、自身の血を吸っている以上、魔力は一切回復しない(それどころか、血液から魔力・魔力から血液に変換する際のロスでむしろ減少している)のですが、血を吸っているという感覚は僅かながらも乾きを癒してくれます。
そんな時、扉が叩かれました。
「永久特務執行官殿、タンタロス会長よりお届け物で御座います。大至急渡して欲しいとの事なので、深夜に女性の部屋を訪れる無礼お許し下さいます様」
扉の外からかけられた声は、支部長のものでした。
……今、誰かに会ったら、何も考えられずに吸い殺してしまう確信があるのです。
えっと……その……。
支部長を吸い殺す事を覚悟の上で、対応に出た方が良いのでしょうか? それとも、明日の朝まで待って貰った方が良いのでしょうか?
「……もう、お休みでしょうか?」
扉の向こうで支部長が呟く様に言いました。
「はてさて、早く渡さないと査定に響くのですが……」
……あ、もう駄目。
少し足を延ばせば獲物が居ると言う事実に吸血衝動が抑えられなくなった私は、扉に向かって歩き始めました。
「おや、起こしてしまいましたか。はっ! 永久様の安眠を妨害したと知られたら査定が!」
相変わらず私欲だけで生きている支部長に襲いかかろうとした時、その傍らの人影に気がつきました。
「…………」
戦場を彩る劫火の色彩に染まった髪と瞳、同色の……翼?
天使か翼人の類でしょうか?
取り敢えず、支部長よりは美味しそうです。
「嗚呼、永久様。この娘はタンタロス会長が不在の間、代わりに永久様の食事にあてがう様にとタンタロス会長より言いつかって……」
支部長の言葉を聞いた瞬間、私は目の前の少女の首筋に牙を埋めていました。
「ひゃっ……あ……う……」
少女の甘い声を聞きながら、今朝以来の血を貪ります。
彼女の血は、甘く、苦く、何処か御主人様と似た味がしました。
「それでは、良い夜を」
支部長の言葉が何故か遠く聞こえます。
結局私は、日が昇るまで少女の血を貪り続けたのでした。
その時の事を魔法で覗いていた御主人様曰く「ロリ同士の絡みは良い」との事です。
良く分かりませんが、御主人様に喜んで頂けた様で何よりです!