魔法少女永久08

「ねえ、永久ちゃん。百合の花が見えるのは気のせい?」
 朝、リズエルは部屋に入るなり奇妙な事を言いました。
「百合の花、ですか?」
 何の話でしょう?
「……取り敢えず、ベッドの上で頬を赤く染めて息を荒げてる子は誰!」
 ベッドに目を向けると、昨晩の少女が力無く倒れていました。
 年齢は人間換算で五歳程度――下級天使は人間よりも成長が早いので、三・四歳位でしょうか?
「御主人様のプレゼントで御飯?」
「分かった様な分からない様な……」
 リズエルは頭を抱えてしまいました。
 説明が足りないのでしょうか?
「元は下級天使だった様ですよ。死体を修復したのか貧困家庭から購入したのか迄は分かりませんけど」
「背中の羽根を見れば、元天使って言うのは納得出来るけど……詳しい素性も分からないのに、何でそんなに物騒な発想ばっかり出て来る訳?」
 リズエルがげんなりした顔になります。
「でも、あれだけの身体改造を施した上で、食料品として下賜された以上、普通の境遇ではないと思いますよ?」
「……まあ、確かにそうだけど」
 リズエルは再び頭を抱えてしまいました。
 ……それにしても。
「どうして御主人様は、私を抱いてくれないのでしょうか?」
「あ、前に手を出してないって言ってたの、本当だったんだ」
 意外そうな顔をするリズエル。やっぱり、気に入った女奴隷は抱いてしまうのが普通ですよね?
「大切にして下さっているのは分かりますし、もし娘や妹としてしか見られないのであれば、それでも構いません。でも……僅かでも女として見て下さるのなら抱いて欲しいのです……」
「案外、重い性格だったんだ……」
 リズエルの疲れた声が突き刺さります。
「え、えっと……」
 重い……のでしょうか?
「と言うか、何でこんな話になったの?」
 妙な雰囲気を変えようとしたのか、リズエルは話を変えました。
 ……実際には、もう少し色々な理由がありますが、最大の理由はこれでしょう。
「あの子の血から、御主人様の味がしたからです」
「ねえ、この話の流れでその理由って、もしかしなくてもあの子、タンタロス会長のお手つき?」
「はい、少し嫉妬してしまいました……」
 御主人様があの子を抱いたのは、彼女の神性を汚して、私が食べられる様にするため、つまり私の為だと分かってはいるのですが、それでも僅かばかりの嫉妬を覚えてしまいます。
「可哀想とかじゃなくて、嫉妬なんだ……」
 リズエルはしばらくの間、暗い顔でうつむいていましたが、気を取り直すと少女から目を逸らしながら口を開きました。
「まあ良いわ……文化の違いだと思って諦める事にする。それよりも……」
 えっと、それまでの価値観を全否定された人が、開き直った時の笑みなのですが、大丈夫でしょうか?

 それからしばらくは、セイントレンジャーの方々と一緒に、大魔界の魔法生物を狩る日々が続きました。
 そう言えば、すっかり忘れていたプリティーバトンですが、少し様変わりして戻って来ました。  以前は先端にハートをあしらった短めのバトンでしたが、今では私の背丈より頭一つ分程長い、無数の人面瘡に覆われた肉色の杖です。名前もプリティーバトンから魔杖レギオンに改めました。
 同封されていた御主人様からの手紙によると、私が子供の頃、側にいてくれた影の人達の依り代にもなっているらしく、懐かしい感じが気に入っているのですが、リズエルやセイントレンジャー(オメガさんを除く)の反応は微妙です。どうしてでしょうか?
 小夜と名乗った少女は、あれからも魔法生物達と行動を共にしているらしく、しばしば同時に現れます。最初の頃こそ魔法で戦っていたものの、最近は指揮に専念する事が多くなっています。戦術としては正しいのですが、魔法少女としてはどうなのでしょう?
 食料品として送られてきた少女は、喋らないのか喋れないのか、未だに名前も分かりません。
 御主人様が貧困家庭から奴隷として買い取って、造血能力の強化等の処置を施したそうですが、私の後輩と言う事で良いのでしょうか?

 そして、御主人様の帰還が明日に迫った日、大魔界からの使者がやってきました。
「小夜様より、書状を預かっております」
 彼は決闘状と書かれた手紙を手渡しました。
「時は明日正午、場所は旧エンブリオ領領主館跡。……お互い、早く終わらせて楽になりましょう。どう足掻いても負ける事も知らずに、必死になっているあの子には悪いですが」
 ……何と言うか、微塵もやる気がありません。それにしても、旧エンブリオ領は近くの無人世界なのですが、どうしてこの世界では無い場所を指定したのでしょう?