魔法少女永久09

 旧エンブリオ領領主館跡――かつて、御主人様の御母様の御実家が建っていた地は、今ではすっかり荒れ果てて、言われなければそうとは気が付かない有様でした。
「待っていたわよ!」
 私とリズエル(セイントレンジャーは別の場所で行われている破壊活動の対処で不在)を出迎えたのは、小夜さんと無数の霊体駆動式魔法生物でした。

「ねえ、永久ちゃん。前にも同じ様な事があったと思うんだけど、今回も……」
「はい、無理です!」
 私の返答を聞いたリズエルは、諦めた様な表情で祈りを捧げ始めました。
「天に在りし我らが神よ、僕リズエルはもうすぐ御下へ参ります……」
 しかし、リズエルは忘れてしまっている様ですが、余程の事がない限りここで負ける事は有り得ません。
 何故なら、ビフレフト条約に基づいて行われるこれは、戦いの様に見えても実際には演劇の様なものなのですから。

 ――魔法生物達の攻撃が今まさに放たれようとした瞬間、世界は劫火の色に包まれました。
 魔法生物達は、あたかも紙細工であったかの様に、灰も残さず焼け落ちて行きます。
 世界を包んだ劫火は、しかし他の物は何一つ傷つけず、魔法生物達と彼らが居た痕跡だけを、跡形もなく焼き尽くしてしまいました。
 魔法生物達の攻撃が私達に達するまでの、ほんの一刹那の間にこの様な事が出来る存在を、私は一人しか知りません。
「御主人様!」
 会議の後、着替えずに駆けつけたのか、何時もより数段豪奢な儀礼用のローブに身を包み、流麗な装飾が施された儀礼用の杖を携えて、夜色の全身甲冑に腰掛けるその姿は、紛う事なく御主人様でした。
 久し振りに見た御主人様の姿に、我慢できなくなった私は、御主人様の下に駆け寄って――首筋に噛みついて血を吸い始めてしまいました。
「永久……、いえ、もう何も言いません。好きなだけ吸いなさい」
 御主人様の呆れた様な口調は気になりましたが……、今回は御主人様の言葉に甘える事にしました。
 ……十分な量の血を摂取していたとしても、御主人様の血は格別なのですよ?

「な、何なのよ。何だって言うのよ!」
 久し振りに御主人様の血を味わっていると、呆然と立ち尽くしていた小夜さんが、突如叫び声を上げました。
 どうしたのでしょうか?
「やっと、やっとお母さんを……」

 この後の事は、御主人様の血に夢中で、あまり覚えていません。
 私が御主人様の決定に口を出すなど、あり得ないのですから、知らなくても問題ありませんよね?

 あの後、大魔界側の首謀者はセイントレンジャーによって倒されたものの、大魔界本国は実行者達を切り捨てる事で保身を図ったため、賠償を請求する事は難しいとの事です。
 小夜さんは母親を人質に取られて戦わされていたものの、実は大魔界側に雇われて人質になる演技をしていただけだった事が判明して、親子喧嘩の真っ最中だそうです。

「そう言えば、御主人様。あの子はどうして喋らないのですか?」
 御主人様が居ない間の代用品として、私にあてがわれた元天使の少女。彼女が声を発する事はあれど、それらは全て意味をなさない喘ぎ声でしかありませんでした。
「嗚呼、彼女は喋れないのですよ。こちらの言う事は理解出来ている様ですし、声帯に異常があるわけでも無いのですが、何故か自身の意志を言葉にすることが出来ない様で……。因みに、筆談や念話も無理でした」
 御主人様の口から語られた真相は、妙にピンポイントで対処が難しそうなものでした。
 言語中枢の障害でしょうか?
 ただ、どの様な答えが返って来ようと、私が返す言葉は一つだけ。
 思えば、この言葉を口にするのも久しぶりです。
「はい、御主人様!」
 結局、彼女は研究部に送る事になりました。……言葉は話せるようになっても、もっと大切な何かを失ってしまう予感がしてなりません。

 その後しばらくは事後処理が続きました。
 戦闘には全く参加していなかったオフィエルさんですが、事後処理では事務員の本領発揮とばかりに大活躍していました。
 彼以外のセイントレンジャーは……、何もしない方がスムーズに進みますよね?
 リズエルは今回の功績で出世したらしく、人形サイズから私より少し年下の女の子になりました。
 ……何故、出世で体の大きさが変わるのでしょう?
 因みに私は、残っていた魔法生物の解体を手伝いました。
 内蔵されていた魂を魔力に還元して、関係者への報償に充てるそうです。――私も少しいただきました。

 数週間後、大方の事後処理が終わり、私達は予想以上に長い滞在となったこの世界を後にしたのでした。