これは、商人の護衛を終え、早く次の依頼を受けようとするレイたんを宥めながらセイレンの街でくつろいでいた時のこと。
「そう言えば、お兄さんは日本語を知っていたな」
窓から月光が差し込む中、寝台に腰掛けたレイたんはそんな事を口にした。
「はい、それがどうかしましたか?」
確かに私は、レイたんが使用している日本語と言う言語を話せる。しかし、今更その様な事を尋ねてどうすると言うのだろうか?
「いやな、お兄さんは私が来た世界を探してくれているそうだが、日本語を使っている世界がそうなのではないか?」
成る程、そう言う事か。
「特に関係のない世界で、同じ言葉を使っていると言うのは別に珍しい事ではありません。どうやら、収斂進化の魔法の副作用らしいのですが、今回の様な場合には面倒ですね」
「成る程、そう言う事だったのか。しばらく前から気になっていてな。ところで、収斂進化の魔法とはなんだ?」
レイたんはひとまず納得すると、収斂進化の魔法が気になったらしく、身を乗り出して尋ねてきた。
「そうですね、この世界とレイたんの世界、何故同じ人間が住んでいるのかを疑問に思いませんでしたか?」
私の言葉に、レイたんは少し考えて答えを返す。
「お約束すぎて気にもしていなかったが……言われて見ると、ここまで同じなのも妙な話だな」
締めくくる。
「要するに、その原因が収斂進化の魔法です。基本的には世界創造直後から生物発生の初期に使う魔法で、所謂人間が発生する様に環境や因果律を制御します。……当時はこんな弊害があるとは夢にも思いませんでした」
まさか、殆ど関係がない世界で類似した言語が使われる様になるとは。
「成る程な。まあ、ゆっくり異世界観光が出来て私は嬉しいのだがな」
そう言って、レイたんは微笑んだ。
「そう言えば、今の話で思い出しましたが、後数日でレイたんの世界が特定出来ますから、戒兎にレイたんと一緒に帰るのかを確認して置いて下さい」
候補となる世界は数十個にまで絞り込めているのだ。戒兎にも、そろそろ帰るのか帰らないのかを決めて貰わなければならない。
「分かった、伝えて……そう言えば、戒兎兄上は何処に住んでいるのだ?」
レイたんは私の言葉に頷こうとしたが、どうやら戒兎の住所を知らなかったらしい。
「……そう言えば、聞いていませんでしたね。後で魔法を使って探しましょう」
何となくレイたんなら知っていそうな気がしたが、知らないのであれば仕方がない。他にも探す方法は幾らでもあるが、矢張り魔法を使うのが一番簡単だろう。
「便利だな、魔法」
確かにそうなのだが、どうして呆れた様な声で言うのだろうか?
「そして、戒兎兄上を魔法で探し出した訳だが」
「御主人様、麗兎さんは誰に言っているんですか?」
虚空に向かって語りかけるレイたんを見た永久が、私に尋ねてきた。
「あまり気にしない方が良いですよ。分かる人には当たり前の様に分かりますが、初見で分からない人にはまず分かりませんから」
そう言って、永久の頭を撫でる。
「はい、御主人様!」
永久は笑顔で答えると、気持ち良さそうに目を細めた。
「何故にダンジョンにいるのだ! そんな楽しそうな場所に行くのなら、誘って欲しかったぞ!」
一方、虚空に向かって吠えているレイたん。普通は誘わないと思う。
「折角ですし、追いますか?」
「良いのか?」
私の言葉に、レイたんは目を輝かせる。
「連絡を急ぐ必要もありませんが、どうせ暇ですし、興味があるのならば良いでしょう」
「ん? ツンデレか?」
レイたんが妙な事を呟いたが、今更なので気にしない。
「麗兎に、ルーツさんと永久さんですか? 何でこんな所に?」
魔法で戒兎の近くに転移すると、戒兎が声をかけてきた。彼の周りにいた三人の女性も驚いた顔でこちらを見ている。
「もうすぐ元の世界に帰れそうだから、一緒に帰るのかを確認しにきたのだ。……ハーレム?」
「い、いや、確かにそう見えるかもしれないけど!」
レイたんの言葉に、戒兎は大慌てで叫んだ。そうしていると、戒兎の周りにいた女性の一人が話しかけてきた。
「戒兎の知り合いの様だが、御前達は何者だ?」
大剣を背負った長身の女性で、鍛えてはいる様だが決して筋肉質という訳ではなく、均整の取れた女性的な体つきをしており、顔立ちも整っている。一般的には魅力的と評されるだろう女性だ。
「私はルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世、魔法使いです。この子は従者の永久=桜乃小路=アイオーン。先程から戒兎と話しているのが空乃宮麗兎、戒兎の妹です」
女性は戒兎からレイたんのことを聞いていたらしく、「成る程、彼女が……」の言葉と共に僅かに警戒を緩めた。
「失礼した、私はこのパーティーのリーダーでセリエと言う。あなた方の事は戒兎から聞いている」
他の二人も自己紹介を始める。
「アリシア……魔法使い……」
「エリスって言います」
永久やレイたんと同じ年頃の無表情な少女と、十代半ばから後半に見える女性が頭を下げた。女性の方はハーフエルフの様なので、実際の年齢はもう少し上なのかもしれない。
「さて、本人から聞いているかも知れませんが、レイたんと戒兎は、異なる世界からこの世界に迷い込んだ迷い人と呼ばれる存在です。そして、私は二人を元の世界に帰す術を持っている。どの世界なのかが分からなかったので、この一月程探していたのですが、それも後数日で特定出来るので、戒兎がレイたんと一緒に帰るのかを確認しに来ました」
この前は随分と悩んでいましたが、決められたのでしょうか?