奇妙な迷い人11

「僕は……帰るよ」
 改めて私が帰還の意思を尋ねると、戒兎は少しだけ迷って答える。
「エリス達に会えなくなるのは寂しいけど、二年ぶりに麗兎にあって、矢っ張り僕が居る場所はあっちなんだって、思ったんだ」
 そう語る戒兎は泣き笑いの様な表情を浮かべ、彼の周りの女性達も沈痛な面持ちで俯いていた。

「あっ! でもここの探索が終わるまでは待ってくれないかな?」
 戒兎が思い出した様に言うと、周りの女性達の顔に僅かだが明るさが戻る。
「構いませんよ。元々、まだ数日は待たなくてはいけませんし。では、街に戻ったら黄金の雄鹿亭と言う宿に――」
 連絡を下さい、と言おうとした所でレイたんに袖を引かれた。
「折角だから、戒兎兄上達について行っても良いか?」
 レイたんの言葉を考える。向こうが了承するかは別として、特に問題がある訳ではない……と言うか、私に許可を求める必要もない。
 ただ何となく一緒にいただけで、彼女の行動を縛る権利も、彼女の安全を保障する義務も私には無いのだ。
 ……実は彼女が自らの体を差し出した際に、ある種の契約が成立してはいるのだが、その内容は衣食住の保証に限られている。
 とは言え、何度も肌を重ねていれば、それなりに情も移るものだ。
「セリエさん、私達も付いて行って良いですか? 自分たちの身体くらいは守れますし、分け前なども要りません」
 見ていない所で死なれても目覚めが悪いので、私達も付いて行く事にした。……例え死んだとしても、治せば良いだけの気もするが。レイたんなら一回や二回死んでも気にしないだろう。
「構わない。ただ、分け前は貰ってもらおう。こちらにも面子があるのでな、ただで高位の魔法使いに働いていただく訳には行かない」
 特に異存も無いので頷く。
「では、有り難く頂くとしましょう」
 私に続いて、レイたんと永久も御辞儀する。
「うむ、宜しく頼むぞ」
「短い間でしょうが、宜しくお願いします」

 時折モンスターに襲われる事もあったが、難なく退け、洞窟を進んでいく。
「順調だな」
 レイたんが退屈そうに呟いた。
「順調なのは良い事じゃないですか」
 ハーフエルフの女性――エリスがたしなめる。
「まあ、そうなのだが……。嗚呼、戒兎兄上が世話になったそうだな、礼を言うぞ」
「人として当然の事をしただけだよ」
 レイたんが礼を告げると、エリスは微笑んで首を振った。
「素でそう言える人は中々に貴重だぞ? 例えば……お兄さん、どうして私を助けてくれたのだ?」
 私に話が振られたので答える。
「面白そうだったからと暇だったから、どちらがお好みですか?」
 レイたんが求めている答えはこの辺りだろう。……いや、嘘くさい笑みを浮かべて、「困った時は助け合わなくてはいけませんよ」等と言うのも良かったかもしれない。
「とまあ、こんな感じに」
「い、今のは、かなり特殊な例だったと思うよ?」
 私の答えを受けて更に言葉を紡ぐレイたんと、その言葉に慌てるエリス。その様子を眺めていると、永久が声をかけてきた。
「御主人様、こんな所で大きな声を出しても大丈夫なのですか?」
 成る程、ダンジョンの中で大声を出して歩いていては、襲われても文句は言えない。しかし、こんな事で一々危機に陥っていては興ざめだ。世界はそれを許さない。
「もし何かあっても、対応出来ないという事はないでしょう」
 厳密には、対応出来ない様な事は起こり得ないのだが。
「はい、御主人様!」
 頷く永久の頭を撫でながら、パーティーの背後から襲いかかろうとしていた大蛇を灰にする。

「そう言えば、ここにはどう言った謂われがあるのだ?」
 周囲を警戒しながら探索を続けていると、レイたんが疑問を口にした。
「ん? 知らなかったのか? ここに、十三人目の十二商人が残した財宝が眠っていると言う噂を聞いて確かめに来たんだ」
 前方を警戒していたセリエが答えを返す。
「十三人目の十二商人?」
 レイたんは首を傾げた。
「詳細は省きますが、十二商人はかつてこの世界を救った英雄です。そして、伝説に語られない十三人目の商人がいて、その遺産が何処かに眠っていると言う有名な言い伝えがあります。彼女達はその情報を手に入れたのでしょう。もっとも、同じ様な話は他にも沢山有るのですが」
 セリエはそれ以上の説明をする気は無い様なので、私が簡単に説明する。
「理解した。要するにテンプレな宝探しだな?」
「まあ、宝探しですね」
 レイたんの言葉から彼女が話を理解したのかを読み取る事は難しいが、まあ、彼女の事だから理解はしたのだろう。

 しばらく進んでいくと、ゴツゴツとした岩肌で歩き難い自然の洞窟が、明らかに人の手が入っていると思われる、整備された通路に変わった。
 壁面には魔法の明かりが埋め込まれ、足下も歩き易い様に均されている。
「目当ての物かはさて置き、何かは有りそうだな」
 皆が考えている事を代弁するかの様に、レイたんが呟いた。