奇妙な迷い人12

 しばらく通路を歩いていくと、小さな村の集会場程の広い部屋にたどり着いた。ここ迄の通路とは違い、部屋全体がうっすらと光を放つ素材で出来ている。
「如何にも、何かありますとでも言いそうな場所だな」
 レイたんがポツリと呟いた。彼女の言葉に応えた訳でも無かろうが、何処からか機械的な音声が響く。
「シンニュウシャハッケン、ハイジョシマス」
 人の数倍に及ぶ巨躯、のっぺりとした顔面、鈍く輝く鋼の表皮。何時の間に現れたのか、何処か荘厳ささえ感じさせるゴーレムがこちらを見下ろしていた。

「参る!」
「最後くらいは良いところを見せないとね!」
 セリエと戒兎がゴーレムに向かって切りかかり、エリスが矢を放つ。それに合わせて、私達も呪文を唱えた。
「汝等、英霊を狩る悪鬼」
「照準術式三番正常起動、身体強化術式二番正常起動。実行」
「……精霊よ、彼の者等に偽りの命を否定する力を、……ゴーレムキラー」
「喰らえ、幼女ビーム!」
 私、永久、アリシアが唱えたのは無難な強化魔法。レイたんは……謎の破壊光線を放っている。
「矢張り、剣では歯が立たんか」
 セリエの舌打ち。案の定と言うべきか、セリエと戒兎の剣、エリスの弓はゴーレムの装甲に弾かれてダメージを与える事が出来ない。レイたんの破壊光線はそれなりに効いた様だが、直ぐに魔力が尽きたらしく、「きゅう……」と鳴いて倒れてしまった。
「…………」
 ゴーレムが軽く腕を振るう。それだけで、セリエ達は壁に叩きつけら倒れてれてしまう。
「生と死を司りし王よ、彼の者等の傷を癒せ」
 取り敢えずは傷を治して置く。
「助かる。回復魔法も使えたのだな」
 セリエ達は再びゴーレムに向かっていくが、剣が効かないせいで攻め倦ねている様だ。先程の破壊光線を見る限り、魔法はそれなりに効く様なので、魔法攻撃に切り替えるべきなのだろう。
「汝、神を貫く閃光」
 適当な攻撃魔法を放ってみると、案の定、多少は威力を削がれた物の、それなりに効く様である。
「照準術式一番正常起動、誘導術式三番正常起動、加速術式二番正常起動。射出」
「……火精サラマンデルよ、汝が力を持って我が敵を焼き尽くしたまえ、……ファイアボール」
 永久とアリシアも同じ事に思い至ったのか、攻撃魔法を唱える。

 セリエと戒兎が囮になって、私達が攻撃魔法でゴーレムの装甲を削っていく。ゴーレムには再生能力がある様だが、よく観察していなければ気づけない程にその再生速度は遅く、戦闘終了後の修繕用だと推察出来る。
 その後、頭部を潰し胸部に風穴を空けてもゴーレムは動き続けたが、脚部を破壊した所、完全に停止してしまった。まさか、足にコアを設置していたのだろうか?

 ゴーレムが停止して、セリエと戒兎が歓声を上げ、私、永久、アリシアが微妙な気分になっていると、エリスに介抱されていたレイたんが目を覚ました。
「さてと、結局あれは何を守っていたのだ?」
 意識を取り戻したレイたんの第一声がこれである。
「だ、大丈夫なの?」
 エリスが心配そうに尋ねる。
「何の事だ?」
 首を傾げるレイたん。魔力切れで倒れた程度は、特に心配される様な事だとも思っていないのだろう。
 永久にしても、レイたんにしても、苦痛に対して妙に無頓着だ。直ぐに治るとは言え、普通はもう少し気にするものなのだが。
「……まあ、良いでしょう。今から周囲を探索しようとしていた所です。レイたんも参加するでしょう?」
 頭を振って思考を振り払うと、レイたんに声をかける。
「うむ、当然だな」
 レイたんは頷くと、身を起こした。

「これは……」
「確かに、遺産と言えば遺産なのかも知れませんが……」
「御主人様、これ、貰っても良いですか?」
 私達の目前にあるのは、十三人目の十二商人――その亡骸だった。
 歴史的には大変貴重な物なのだろうが、金にはならない。
「永久が欲しがっている様ですし、私が買い取っても良いのですが……」
「……流石にそれはな」
 遺体の買い取りを提案してみるが、当然の様にセリエに却下された。
 しかし、そうなると、彼女達は今回の探索で全く収入が無かったことになる。……私達に関しても事情は同じだが、元々金品を目的に探索に参加した訳ではないため、こちらは特に問題ない。
「なに、時にはこんな事もあるさ」
 セリエはとても清々しい笑顔を浮かべた。あるいは、収入が無かったとは言え、戒兎との最後の思い出としては十分な成果だった、とでも考えているのだろうか。
「お兄さん、お兄さん」
 そんな事を考えていると、レイたんに袖を引かれた。
「あれは恐らく、色々とどうでも良くなってしまっただけの虚ろな笑いだ」
「……久々に地の文を読みましたね」
 確かに、言われてみればその様にも見える。

 亡骸を再び埋葬した私達は洞窟を後にした。結局、特に収穫は無かったが、戒兎や彼の仲間達、そして、レイたんには良い思い出になった様である。
 なお、帰りは私の転移魔法で全員を街まで送った。

「それで、良かったのですか? 向こうに行かなくて」
 数日後、レイたん達の世界が完全に特定出来た翌日の昼下がり、宿の寝台の上、つい先程まで身体を重ねていたレイたんに問いかける。
 昨日、明日の夜(つまりは今日の夜)にレイたんと戒兎を元の世界に送り届けると告げた所、セリエ達は戒兎のお別れ会をする事にしたらしい。今頃は、何処かの酒場か料理店でも貸し切って騒いでいる事だろう。
 私達やレイたんも誘われたのだが、その様な席に他人が入っていくのもどうかと思い断ったのだ。
「ん? 嗚呼、たぶん、お兄さんと同じ理由だろう。戒兎兄上はさて置き、あの三人にとって、私は結局他人な訳だ」
 レイたんは、そこで一度言葉を区切り、一拍置いてから残りの理由を口にした。
「それに……、戒兎兄上とはこれから毎日会えるだろうが、お兄さんとはもうお別れだからな」
 どうやら、別れを惜しんでくれたらしい。しかし……。
「……その事ですが、次はしばらくレイたん達の世界に滞在する予定なので、当分は会おうと思えば直ぐに会えます。まあ、無理強いはしませんが、ね」
 レイたんは一瞬惚けた様な顔をしたが、直ぐに嬉しそうな顔になった。
「そうなのか? ならば、私の家に泊まると良い。なに、両親はもう居ないから遠慮する必要はない」
 さらりと爆弾発言をしたレイたんは、なおも嬉しそうに笑っている。
「嗚呼、変に同情されても困るだけだから、あまり気にしないでくれ」
 思い出したかの様に、付け加えるレイたん。
「何故でしょう、気丈に振る舞う様が却って痛々しく見えそうな場面の筈なのに、全くその様な感情が浮かびません。むしろ、居ると私達を招き難いから居ないのだ、とでも言われた様な気分です」
 本当にどうしてだろうか。レイたんは、ここで初めて笑みを崩した。
「むう、同情は要らぬと言っても、流石にそれは少し寂しいぞ。まあ良い。そんな事より、もしかして、お兄さん達もこの世界の住人では無かったりするのか?」
 改めて考えると、確かに酷い言葉だ。とは言え、あっさりと口調を戻した辺り、そこまで気にしている訳でもないのだろう。
「そう言えば、まだ言っていませんでしたね。特に隠していた訳でも無いのですが」
 何時頃に気付いたのか、気にならないと言えば嘘になるが……レイたんの事だ、改めて問い正さなければならない程に不思議と言う訳でも無い。
「うむ、ようやくすっきりしたぞ。ところで、戒兎兄上との約束にはまだ時間がある。その間に、もう一度可愛がってくれぬか? ……今度は、永久たんも一緒にな」
 そう言って、レイたんは生まれたままの姿を晒したまましなだれかかってきた。横で見ていた永久も、慌ててメイド服を脱ぐと、私に身を委ねつつ首筋に牙を立てる。その瞬間、とろけてしまいそうな快楽が全身を染め上げた。
 ……どうでも良いが、永久は先の情事の最中からずっと隣にいたはずなのに、私もレイたんも、全く気にならなかったのは何故だろうか?

 その日の夜、セリエとエリス、アリシアの三人に見送られながら私達はこの世界を後にした。
 それにしても、レイたんも戒兎も帰った後の事は考えているのだろうか?
 特に、二年にも渡って失踪していた戒兎は相当苦労するはずである。
 まあ、あまり私が首を突っ込む事では無いのかもしれないが。