迷い人の帰る場所01

「着きましたよ」
 御者台から車内に声をかける。
 面倒事を避けるために、レイたん達の家の前に直接出たのだが、何かにぶつかった様な気がするのは気の所為だろうか?
 ……それにしても、少し前までは別に御者がいた気がするのだが。
「ん、着いたか。……何か、ひかなかったか?」
 レイたん、永久、戒兎の順で馬車から降りてくる。
 レイたんの言葉に、改めて馬車の前方を確認すると、案の定、一人の男が倒れていた。
 良く見ると、首の骨が折れている様だ。明らかに即死だが、まだ死亡直後で、首以外に大きな損傷は無い。これならば、大した手間も無く治せるだろう。
 早速治療を施そうとすると、何故かレイたんに呼び止められた。
「まて、能力を与えて異世界に送るのではないのか?」
 意味不明の事を言うレイたん。それは一体、何が目的なのだろうか?
 永久と戒兎も怪訝な目で見ている……のかと思えば、永久は気にした様子も無く微笑み、戒兎は、レイたんの言わんとする事が理解出来たのか、呆れた様な表情を浮かべている。
「つまりだな……」
 レイたんの説明に依れば、神様などがミスで人を殺してしまい、この世界で生き返らせる訳にはいかないからと、強大な力を与えた上で他の世界に送ったり、同じく他の世界に転生させたりと言うのが、ある種の小説の冒頭で定番の展開らしい。
「話は分かりましたけど……、少なくとも今回は普通に生き返らせる方が遙かに楽なのですが」
 腐乱死体になっていたり、彼の死が世間に知れ渡っていたりすれば話は変わったかも知れないが、何かを他の世界に送るというのは、結構手間が掛かるものなのだ。
「そう……なのか」
 そう呟いたレイたんは、心なし落ち込んだ様に見えた。
「……まあ、折角ですし、本人が望む様なら、そうしてみましょう」
 最近、どうにもレイたんに甘い気はするが、まあ、一応はこちらの不手際でも有る事だし、本人が望むのであれば、その程度の事は構わないだろう。
「そうか! ならば、話を聞く時は……」
 急に元気になって、とうとうと語り始めるレイたん。やはり、無視して生き返らせて置けば良かっただろうか?

「えーと……、こんにちは」
「あ、嗚呼、こんにちは」
 気まずい空気が流れる。
 私と馬車でひいてしまった男は、ひたすらに真っ白な、何も無い空間で向かい合っていた。魔王協会本部の周辺も同じ様な感じだが、ここは私が創った夢の中だ。
 取り敢えず、レイたんの言葉に従って場を整えてみたのだが、こう言う時は、まず何から話せば良いのだろうか?
 因みに、当のレイたんは妖精サイズで私の肩に座っていた。本人の希望で相手の男には見えない様にしてある。
「もしかして、神様とか、その辺りか?」
 沈黙を破ったのは、相手の男だった。
「ええ、そう言う役回りらしいですよ」
 奇妙な返答だとは思うが、こればかりは仕方が無い。神と呼ばれる事も無い訳では無いのだが――奴隷農場の管理を永久に任せていたら、何故か農業用奴隷達に神格化されていて、崇められた時は流石に驚いた。
「は? まあ、良いか。それで、ミスで俺を殺してしまって、この世界で生き返らせる訳にはいかないから、能力を渡すから他の世界に行ってくれ、とかか?」
 どうやら、レイたんの言うところの『お約束』を知っているらしい。
「話が早くて助かりますが、微妙に違います」
 彼は怪訝な顔をする。
「わざわざ他の世界に送る事を考えれば、普通に生き返らせて、記憶を書き換える方が遙かに楽ですし、実際に、そうする積もりでした」
 彼の顔に浮かんだ疑問が、その色を濃くした。確かに意味不明だろう。
「続けますよ? それで、生き返らせようとしていたのですが、貴方が言った様な事をした方が良いのでは無いかと、言われてしまいまして――嗚呼、誰が言ったのかは聞かないで下さい。説明が面倒ですから」
 レイたんの事を説明するとなると、色々と余計な事まで説明しなくてはならない。流石にそれは面倒だ。
「と言う訳で、どちらにしますか?」
 私が問いかけると、彼は驚いた。
「え! 選べるんですか?」
 驚く様な事だろうか?
「何のために、この様な場を設けたと思っているのですか?」
「いや、何となく問答無用で飛ばされるのかと」
 失礼な、彼のために行う事である以上、意思確認程度はする。……少なくとも今回は。
「それで、どうします?」
 改めて問うと、彼は少し考えた後に答えた。
「その前に、異世界行きを選んだ場合、どんな世界に行って、どんな能力をくれるのか、聞いて良いか?」
 ……まあ、もっともな疑問だろう。とは言え実の所、高確率で生き返りを選ぶだろうと思っていた事もあり、具体的には全く決めていないのだが。
「そうですね……、実は何も決めていません。行き先の世界に関しては、出来る限り希望を尊重しますが、あまりにピンポイントな条件を指定されると困ります。探せば大抵の物は有るとは思うのですが、条件に依っては見つかるまでに人間の寿命の何倍もの時間が掛かる事も珍しくは有りません。と言っても、基準が分からないでしょうから、取り敢えずは言ってみて下さい」
 世界の検索と言うのは、結構手間が掛かるものなのだ。
「さて、能力ですか……筋力でも上げてみましょうか?」
 彼は慌てて掴み掛かって来た。
「いやいや、筋力って何だよ!」
 何か間違えてしまったらしい。
「いえ、実は良く分からないのですよ。強大な力としか聞いていないので。どの様なものが一般的なのですか?」
 そう言うと、彼は落ち着いて語り始めた。
「そうだな、自分が知ってるマンガやアニメの技全部とか、良く見るぞ」
「相当に面倒ですね。いっそ魔法を覚えませんか? 一億年も学べば大抵の事は出来ますよ」
 そんな術式を組むくらいならば、彼に魔法を叩き込む方が幾らか楽だろう。
「……いや、一億年は無いだろ。後は魔力無限大とか」
「魔力定義式魔力炉に接続すれば、出来ない事もありませんが……魔法が使えなければ、用途は限られますよ? ……物凄く高いですし」
 彼のためだけに新規で魔力定義式魔力炉を建造する事は避けたい。
「と言うか、どちらも世界によっては簡単に滅ぼせそうですが、そう言うものなのですか?」
「まあ元々、作者の願望を叩き付けるものだからな」
 成る程。さて、どうしたものか。
「そう言えば、もう異世界に行く事を決めたのですか?」
「ん? 嗚呼、早々出来る体験じゃないからな。余程条件が悪くない限りはそのつもりだ」
 やけに具体的に条件を聞いて来るからもしやと思ったが、案の定。レイたんと言い、彼と言い、この世界の人間は異世界に何か思い入れでもあるのだろうか?
「そうそう、能力とは別に、行き先の言葉を理解出来るのも基本だな」
「嗚呼、確かに言葉が分からないと厳しいですね」
 盲点だった。私は大抵の言語を習得しているため、旅先で言葉に困った事は無い。
「危うく、言葉も分からない状態で放り出される所だったのか……。そうだ、体はどうなるんだ? 転生なら記憶は引き継げるのか?」
「元の体を修復して使う積もりですが、転生させた方が良いですか?」
 記憶を持ったまま転生させるのも、それなりに手間が掛かるが、これまでに彼が言った様な無理難題に比べれば、どうと言う事は無い。
「いや、それで構わない。転生や憑依も良くあるパターンでな」
「成る程、何となく分かって来ました。取り敢えずは、先に行き先を決めてしまいましょう。どんな所が良いですか?」
 先ずはこれを決めなければ。
「そうだな、無難に中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界……で分かるか?」
 そう言えば、レイたんが前の世界でそんな事を言っていた記憶がある。
「それならば、私達が少し前まで居た世界で良いでしょう。冒険者ギルドも有りますよ?」
 何となく、彼はレイたんと同じタイプの考え方をしている様なので、レイたんが喜んでいた事を教えてみる。
「嗚呼、それで良い」
 案の定、彼はあっさりと首肯した。
「能力ですが、身体能力や魔力などの全体的な向上、現地言語の習得、当面の生活費や向こうで何かするための初期費用としてある程度の金銭、こんな所で如何でしょう?」
 取り敢えず、差し当たり向こうでの生活に役立ちそうな物を並べてみたが、どうだろう?
「十分と言えば十分なんだが……もう一声、何か無いか?」
「もう一声と言われましても……案内役でも用意しましょうか?」
 適当に教養がある奴隷を買って、知識を焼き付ければ良いだろう。
「嗚呼、そうしてくれ。――可愛い女の子だよな?」
「特に考えていませんでしたが、そうして置きましょう」
 確かに、側に置いて置くならその方が良いだろう。
「では、次に目覚めた時は向こうです」
「嗚呼、色々と、有り難うな!」
 ――さて、先ずは彼の体を治さなくては。