あの後、彼の体を治した上で身体能力や魔力を強化し、向こうで使われている主要な言語の知識を焼き付けた上で、あちらの宿に寝かせて置いた。
言伝や金貨は、案内役として買った奴隷に預けて置く。逃亡防止に簡単な呪いも掛けて置いたので持ち逃げの心配は無い。
全ての手配を終えて、レイたん達の家に戻る頃には、次の日の昼になっていた。
因みに、彼と話している間に誰か通り掛からなかったのかと思っていたら、永久が人払いの結界を張ってくれていたらしい。
「お帰りなさいませ、御主人様!」
「お帰りなんて、言って上げないんだからね! ……むう、私にツンデレは合わんな」
レイたん達の家――昨日は良く見ていなかったが、屋敷と呼んでも問題無い規模だろう――の前で、永久とレイたんが出迎えてくれた。
レイたんが良く分からない事を言っているが、いつもの事なので気にする必要も無い。
「ただいま、永久、レイたん。時に、馬車はどうしましょう?」
つい失念していたが、町並みや文明レベルを考えると、この世界で馬車が日常的に使われているとは考え難い。
ならば、それを扱うための設備も無いと考えた方が自然だ。
「嗚呼、向こうに厩舎がある。私が生まれる前に馬を飼っていたらしくてな。昨日の内に修理して置いた。馬車本体は車庫にでも入れておけば良かろう」
どうやら、考えて置いてくれたらしい。本来ならば有り難く思うべきなのだろうが、つい、レイたんならば、この位は当然と考えてしまう。
「……まあ、信頼してくれていると思って置こう。それと、その馬が肉食な事も永久たんから聞いているから、心配ないぞ」
……本当に至れり尽くせりだ。
「そう言えば、永久たんは痛覚が鈍かったりするのか?」
馬車を片づけた後、居間で御茶を淹れてくつろいでいると、レイたんがそんな質問をして来た。
「どうしたのですか? 唐突に」
「昨日、永久たんが指を包丁で切り落としてしまったのだが、その時に気付いていなかったのを見て、気になってしまってな。永久たんに聞いても要領を得ないから、お兄さんに聞いてみた」
……確かに、あれは気になるだろう。実の所、あれに関しては私もあまり理解出来ていないのだが、何とか説明してみるとしよう。
「あれは、痛みを感じていないと言うよりは、気にしていないと言った方が近い様です」
「良く分からない言い方だな?」
案の定、首を傾げるレイたん。
「でしょうね。神経系を調査したところ、痛覚自体は正常に機能している様なのですが、何故か痛みを感じていないかの様に振る舞うのです。かと言って、痩せ我慢と言う訳でもない様ですし……」
幸いと言うか、永久の体の恒常性維持能力は極めて高いため、問題には成らないのだが。
「物心付いた時には、こうだったので、私自信にも良く分からないのです……」
永久が申し訳なさそうに顔を伏せる。
「直ぐに治るのならば、痛みに気付こうが気付くまいが関係ないのだろうが……まあ良い、そろそろ昼食にしよう。持ってくるから、少し待っていろ」
一応は納得したのか、そう言い残すと、レイたんは居間を出て行った。
私が帰ってくる前に用意してあった物を持って来たのだろう。さほど時を置かずにレイたんが戻って来た。
「今日は肉じゃがだ。永久たんに話を聞いたから、多分、大丈夫だとは思うが、口に合わなかったら言ってくれ」
そう言うとレイたんは、肉じゃがと呼んだ物の他にも何品かの料理を並べていく。
さて、修練進化の魔法の副作用か、あるいは、ただ単に似た様な環境で進化するからか、有人世界の動植物は有る程度似ている事が多い。
結果として、それらの世界で食べられている料理も又、大抵の場合に置いて似ている。
……長く旅をしていると、極希に、とんでも無い例外を見かける事もあるが。
何が言いたいかと言うと、レイたんが持って来た、この世界の料理を見ても、取り立てて私が驚く事は無かったと言う事である。
もっとも、レイたんも前の世界の料理に戸惑っている様子は無かったし、永久に話を聞いたとも言っていたため、レイたん自身もこの事は有る程度理解しているのだろうが。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
宗教儀式か何かだろうか? 永久もしている様なので、取り敢えずは合わせて置く。
「……いただきます」
気になったので食事中に聞いてみると、食材となった動植物への感謝を表していると言われる事が多いものの、本当の所は良く分からないらしい。
なお、予想通りと言おうか、レイたんの料理は普通に美味しかった。