「そう言えば今後、戒兎兄上はどうするつもりなのだ? 」
昼食後、御茶を飲みながらくつろいでいると、レイたんが、そんな事を言った。
「えっ? 僕?」
戒兎が首を傾げる。
「二年も失踪していたのだ、色々と考えねばなるまい」
……言われてみれば、彼は二年もの間、失踪していたのだ、死んだと思われていても可笑しくはない。
それに、この世界で異世界の存在が広く認知されていない以上、失踪していた間に何処で何をしていたのかの言い訳も考える必要が有る。
「――ん? レイたんは大丈夫なのですか?」
二年に渡って失踪していた戒兎ほどに深刻では無いかも知れないが、レイたんの一月も、問題になるには十分すぎる期間だ。
「嗚呼、私の場合は向こうに飛ばされたのが終業式の日だったからな。夏休みは半月ほど残っている事だし、長期の旅行に行っていたとでも言って置けば良いだろう」
どうやら、長期の休暇中だったらしい。
「……と、私の事はどうでも良いのだ。そんな事よりも、戒兎兄上は結局どうするのだ? 三月に中学の卒業証書が届いていたぞ」
「うっ……」
レイたんの言葉に、戒兎がうつむく。
「両親の遺産の御陰で、戒兎兄上が一生をニートとして過ごせるだけの資産は有るのだが……」
「……それは流石に嫌だな」
戒兎は、深く溜息を付いた。
その夜、私達が通されたのは、この国の伝統的な建築様式――レイたんは和風と呼んでいた――の客間だった。
「……それで、どうしてレイたんがこちらに居るのですか?」
何故か、極々自然にレイたんが付いて来た。
「駄目か?」
可愛らしく小首を傾げるレイたん。
「いえ、別に構わないのですが……」
折角、帰れたのだから、自分の部屋で寝れば良かろうに。
「それがな、昨日久しぶりに自分の部屋で寝たのだが、どうにもしっくり来なくてな。この一月で、お兄さん達と一緒に寝る事に随分と慣れてしまったらしいな。昨日は結局、永久たんと一緒に寝たのだ。……少し血を吸われたが」
……そう言えば、戒兎が居なくなってからの二年間、彼女はこの家に独りで住んでいたのだ。
帰らぬ兄を待ちながら、一人、この広い家に暮らす日々。寂しくないわけが無かろう。
「ん? まあ、確かに寂しかったのかも知れん。……考えてみると、お兄さんは結構鬼畜だな。天涯孤独の幼女の寂しさに付け込んで、その体を好き放題に弄んでいるのだぞ?」
「確かに、否定は出来ませんが……」
彼女自身が望んだとは言え、寂しさに付け込んだ部分が無いとは言い切れない。
……もっとも、口振りからすると、本気でそれを咎めていると言うよりは、からかっているだけの様だが。
「冗談だ。まあ、そんな訳で、お兄さん達が滞在する間くらいは一緒に寝たいのだ。――勿論エッチな事もして構わないぞ。……駄目か?」
私の困った顔を見て満足したのか、あっさりと言葉を翻すレイたん。
「そう言う事ならば構いません。元々、拒む理由もありませんし」
「うむ、有り難う」
レイたんは、そう言うと布団に潜り込んだ。
「さあ! エッチな事をしよう!」
布団に入るなり、そんな事を宣うレイたん。
「もしかして、御主人様にエッチな事をされたいのですか?」
と、尋ねたのは永久。
「……実は、お兄さんにエッチな事をされていると、ロリコンだったお父様を思い出すのだ。……行為の最中に他の男の事を考えるなど、失礼だとは思うのだが、どうしても……な」
帰ってきたのは、何とも問題の有りそうな答えだった。
この言葉から、レイたんと父親に性的な関係が有ったのだろうと思ったのだが、しかし、彼女は確かに処女だった。
どう言った事情なのだろうか?
「嗚呼、私を娘としてだけではなく、女としてみていた事は確かなのだが、実際に手を出す前に死んでしまったのだ。父が死んだ当時、私はまだ六歳、幾ら何でも手を出すには早すぎると思っていたのだろう」
楽しみにしていたのだがな、とこぼすレイたん。
相変わらず妙な感性だ。
微かに夜明けの兆しを感じつつも未だ夜の闇が天を過ぎ去らぬ頃、不意に目を覚ますと永久が窓から空を眺めていた。
「あ、御主人様」
永久は、私が目を覚ました事に気付くと、小さく声を上げて振り向く。
「何か考え事でもしていましたか?」
隣で眠るレイたんを起こさない様、気を使いながら布団を抜け出し、永久の隣に歩み寄る。
「えっと、その……」
顔を伏せて言い淀む永久。
永久が私に対して、こう言った反応を見せる事は珍しい。
どうしたのだろうか?
「私が要らなく成ったら、解放したりせずに、ちゃんと殺して下さいね?」
永久が口にした言葉は、予想外の物だった。
確か以前、何かの機会に奴隷契約からの解放を提案した時、同じ様な事を言われた記憶があるが、何故、今ここで、そんな事を言うのだろうか?
「最近、御主人様は麗兎さんに構ってばかりですから、その……不安になってしまって。ごめんなさい」
「…………」
嫉妬……なのだろうか?
いや、それにしては感情の方向性が内向き過ぎる。
――いっそ、不健全な程に。
この子は何時もこうだ。
私の意思も行動も、何一つ否定せず、例えそれが、どれだけ自らに致命的なものであろうと全てを受け入れる。
――確かに奴隷としては理想的な性質なのだろう。
しかし、必ずしもそれ程までの従順さを要求されてない彼女がそれを持っているのは、いっそ喜劇だ。
居たたまれない気持ちに成った私は、思わず永久を抱きしめた。
「御主人様?」
永久は一瞬驚いた様だが、直ぐに落ち着きを取り戻すと、私の首筋に牙を立てる。
血液が吸い出される感覚が心地良い。
この子が私に全てを捧げるのなら、私はこの子の願いの全てを叶えよう。
血を望むなら、望むだけ与えよう。
共に在る事を望むなら、その意思と魂が虚ろに還る、その時まで側に居よう。
だから……。