「おお……村だな」
「村ですねえ」
少女――レイたんを拾ってから半日、太陽が地平線に沈む頃、馬車はミルドの村にたどり着いた。
「いや、もっとこう……何かこみ上げて来る物があるのかと」
「……レイたんはいったい何を期待していたのですか」
コカトリスの放牧でそこそこ潤っているとは言え、ミルドは小さな村でしかない。
「そう言えば、コカトリス肉で有名と言っていたが、コカトリスは何処に居るのだ?」
もう日も沈むのですから、今頃は牧舎に居るのでしょう。
「この時間には、もう牧舎で眠っています。明日は牧場見学の予定ですから、楽しみにしていて下さい」
「おお、それは楽しみだ!」
私の言葉に、瞳を輝かせるレイたん。
「迂闊に近寄ると石にされますから、注意しましょうね」
血を吸っていた永久が、私の首筋から牙を抜き、窘める様に言った。
「永久は一度、中途半端に抵抗したせいで、却って悲惨な状況になりましたからね」
「はい、御主人様!」
……そこで明るく返事をするのは、如何なものかと思いますが。
「中途半端に石化……想像するからに苦しそうだな」
レイたんも、げんなりした顔をしている。
「まあ、簡単に治せますから、そこまで気にする必要はないでしょう。と言うか、石化する度にそのままでは、コカトリスの飼育など出来ませんよ」
永久の場合は、中途半端に抵抗したせいで、石化した部分と生身の部分が混在する状態になってしまい、無駄に苦しむ羽目になっただけだ。
「それもそうか」
レイたんは納得した様に頷いた。
「では、宿に行きますよ」
「はい、御主人様!」
「うむ、参るか」
二人が頷いたのを確認して、村で唯一の宿に足を向けた。
「別に一部屋取った方が良いですか?」
宿へ向かう道の途中、レイたんに尋ねてみる。
幼いとは言え女性、見ず知らずの男と一緒に寝るのは不安かもしれない。
「ん、こんな美幼女と夜を共にする権利を投げ出す気か? それに、これ以上負担をかけるのも心苦しい」
「それならば良いのですが……」
私の言葉に得心したとばかりに、レイたんは口を開いた。
「嗚呼、襲いたいのならば襲っても良いぞ。むしろ襲ってくれ。ただで養われるくらいならば、体と引き替えに養われる方が気が楽だ。……実は、少しばかり興味がない訳でもないしな」
不遜に見えて、意外に義理堅い性格だったらしい。別に気にせずとも良いのに。
レイたんは続ける。
「この世界で最初に出会ったのが、お兄さんで良かったと思っているのだぞ、普通の男ならば、私の様な幼女に欲情する筈もないが、お兄さんの様なロリコンならば、僅かばかりだがこうやって恩を返すことも出来る。だから……私の初めてを、受け取って貰えるか?」
レイたんの瞳に映る真摯な光を見て、私は何となく彼女を抱きしめた。
「ん? 流石に初めてはベッドが良かったのだが……まあ、構うまい」
そう来ますか。……それにしても、私がロリコンだと、レイたんに言った覚えはないのだが。
「嗚呼、永久たんに御主人様と呼ばせていたからな」
「……地の文に答えないで下さい」
「何と言うか……鶏肉だな」
「まあ、鶏肉ですね」
コカトリスの味は鶏に近い。
「いや、もっとこう……何かこみ上げて来る物があるのかと」
おや? 何か既視感が……。
「少し前に同じ様な遣り取りをしませんでしたか?」
「……そう言えば、村に着いた時にも同じ様な事を言った覚えがあるな」
場所は変わって宿の食堂。
折角だからと言う事で、コカトリス料理を注文したのだが、レイたんの反応はあまり芳しくない。
「まあ、美味いのだが、どうにも、ファンタジーの世界に来た、と言う実感が薄くてな」
そう言うと、レイたんはコカトリスの唐揚げを口に放り込んだ。
「明日の牧場見学まで我慢して下さい。それに、刺激を求めるだけが旅の楽しみではありませんよ」
「それもそうか。ほれ、あーん」
レイたんは納得すると、フォークに刺した唐揚げを私の口元に差し出してきた。
「御主人様、あーん」
永久もレイたんに触発されたのか、香草焼きを差し出してくる。
その日の夜。宿に向かう道で彼女が口にした言葉に従う様に、私はレイたんを押し倒していた。
「……自分から誘って置いて何だが、流石にもう少し先になると思っていたぞ」
寝台の上、私に押し倒されているレイたんが口を開いた。
「止めますか? ……押し倒して置いて何ですが、ここで止めて置く事を勧めます」
レイたんを抱く事に異存は無いが、彼女自身の事を考えると決して勧められる選択ではない。
「それこそ、まさかだな」
「……ですよね」
口頭でたしなめた程度で止める様ならば、そもそも誘ったりはしないだろう。私はレイたんに口付けた。
「んっ……」
レイたんが小さく声を漏らす。柔らかな感触をしばし堪能し、唇を離す。
「ふう……、ドキドキしてきたぞ」
レイたんは不敵に笑うと、私の手を自らの胸元に導いた。早鐘の様な脈拍が感じられる。
「もう一回、しましょうか?」
「うむ」
再びレイたんの唇を貪る。先程はただ唇を合わせるだけだったが、今度は舌を入れてみる。
「むっ……」
レイたんは躊躇い無く舌を絡めてきた。少しは驚くかとも思ったが、この不敵な反応は実に彼女らしい。
その後、レイたんは行為の最中に幾度か失神し、私はその度に回復魔法をかけて終わりにしようとしたが、レイたんは回復魔法をかけると即座に復活して行為の続行を求めた。そのため、結局最後まで致してしまったのだが、外傷を治して体力を回復させただけであんなにも直ぐに起きあがれるものなのだろうか?
翌朝。
「おお、私が求めていた物はこれだ!」
飼い葉を食べるコカトリスを見て、興奮するレイたん。
因みに、レイたんは着替えがなかったため、永久のメイド服を着ている。
「ちょっと石になってくる!」
コカトリスの方に駆け出すレイたん。
「えっ?」
「はえ?」
永久と二人で呆然としてしまった。
……まさか、自分から石になりに行くとは。
結局その日は、石になったレイたんを元に戻して説教をすると、暗くなってしまったので、もう一泊してから村を発ったのだった。