奇妙な迷い人03

「魔法を教えて欲しい、ですか?」
「うむ、駄目か?」
 ミルドの村を発ってしばらく経った頃、レイたんが唐突にそんな事を言い出した。
「いえ、別に構いませんが、唐突にどうしましたか?」
 レイたんの答えは実に彼女らしい物だった。
「魔法があると言うのなら、使ってみたいのは人情だろう」
 ……まあ、構いませんが。
「そうですね……、魔法と言っても色々ありますし、まずは適正を調べてみましょう。永久、御願いします」
「はい、御主人様!」
 永久に声を掛けると、彼女はレイたんの首筋に牙を立てた。
「ひゃっ! な、何を……おお、これは……」
 最初は驚いた様だが、レイたんの声は直ぐに快楽の色に染まった。
 焦点の定まらない瞳、薄く紅潮した頬、唇から漏れる甘い声。
 永久に血を吸われるレイたんは、年不相応な色香を放っていた。
 やがて永久は、レイたんの首筋から牙を抜くと、血液を口に含んだまま私に口付た。
 口腔に注がれる、唾液混じりの血液を嚥下する。
「成る程、大体解りました。……どうしました?」
 レイたんの血液から大体の魔法適正を判別して、彼女の方を見ると未だに頬を赤く染めて息を切らしていた。
「い、いや、……いきなりだったので驚いただけだ、気にする必要はない……」
 そう言うレイたんだが、あまり大丈夫そうには見えない。
 ……まあ、理由が分かり切っている以上、気にする必要もないだろう。
「そうですか。さて、何と言いますか……これ以上ないくらいに平凡ですね」
「何がだ?」
 レイたんは、先程の衝撃で頭が上手く回っていない様なので、教えてあげる事にする。
「レイたんの魔法適正です」
「あ、嗚呼、そう言えば、それを調べていたのだったな」
 ようやく意識がはっきりしてきたのか、顔の赤みも幾分引いてきたレイたん。
「それで、具体的にはどうだったのだ?」
 身嗜みを整えたレイたんが尋ねて来る。
「はい、可もなく不可もなくと言った感じです。魔術師として生計を立てる事はまず無理でしょうが、一般的で簡単な物ならば努力次第で大体使える様になるでしょう」
「何と言うか、……微妙だな」
 言葉に違わず微妙そうな顔をしたレイたんに、永久を膝に乗せながら返す。
「まあ、趣味で魔法を学ぶには丁度良いと思いますよ」
「そうなのかも知れぬが……。まあ良い、才能に文句を言っても仕方が無かろう」
 何とか納得した様子のレイたん。
 講義を始めるとしましょうか。

「さて、魔法と呼ばれる技術は大きく分けて二種類に分類されます。即ち、魔力操作型と世界律制御型。どちらに属するのか判断が難しいものや、どちらにも属さないものも有りますが、今回は置いて置きましょう」
 レイたんは、ほうほうと頷きながら話を聞く。
 手が宙をさまよっていたので、万年筆と羊皮紙を渡すと、物凄い早さでメモを取り始めた。
 ……何故か速記文字で一語一句漏らさずに。いや、速記術程度は今更驚くに値しないか。
「続けますよ? 私の専門はどちらかと言えば世界律制御型の方なのですが、魔力操作型の方が分かり易いので、特に異存がなければ魔力操作型について講義したいと思います」
 頷くレイたんを確認して話を続ける。
「魔力操作型の中でも特に簡単なのが、神と呼ばれる存在の力を借りる方法です。ですがこの方式は、力を貸す神が力を貸してくれるのかが問題になるので、一般的に思い描かれる魔法とは違った感じに成りますね」
 レイたんがメモを取る手を休めて尋ねてきた。
「祈れば良いのか?」
 まあ、そう思いますよね。
「基本的にはそうですが、新興の神が信者を集めるために行う新規入信キャンペーンで、入信するだけである程度の魔法が使える事もあれば、貧乏な神の場合は寄付金を積み上げるだけで強力な魔法を使える様になったりもしますので、一概には言えません」
「それは……何と言うか夢がないな」
 幻滅した表情をするレイたん。
 しかし、その手は高速でメモを続けている。
「そうですね……一回使ってみましょうか?」
 延々と説明を聞くだけでは退屈だろうからと、レイたんに提案してみる。
「おお、ついに魔法が使えるのか! どうすれば良いのだ?」
 レイたんは途端に生気を取り戻した。
「適当に効果を想像しながら呪文を唱えて下さい。細部はこちらで調整します」
 レイたんは私の言った事を実行しようとして、何かを思い出したかの様に動きを止める。
「ん? 神様の力を借りるはずなのに、お兄さんが細部を調整するとはどう言う事だ? まさか、お兄さんは神様だったりするのか?」
 嗚呼、言っていませんでしたね。
「力を貸す大本になる存在は、神と呼ばれている場合が多いですが、必ずしもそうである必要はありません。ある程度の魔力と専用の術式があれば誰にでも出来ます」
 レイたんは納得すると、早速呪文を唱え始めた。
「空乃宮麗兎の名に置いて、ルーツ=エンブリオ=ヘルロード=タンタロス十三世に請い願う! 今此処に、終焉を告げる吹雪を! エターナルフォースブリザード!」
 氷原のイメージが流れ込んでくる、そして……何も起こらなかった。
「む?」
 レイたんは怪訝な顔をした。
「……範囲内の生物が即死する吹雪など、馬車の中で使われてたまりますか」
「おお!」
 ぽむっと手を叩くレイたん。
 結局、近くの無人世界に転移して、そこで思う存分撃ちまくって貰った。

 レイたんが満足した様なので、馬車に戻って話を再開する。
「さて、次は精霊魔法です。名前の通り精霊の力を借りる魔法なのですが、この精霊と言うのが説明し難い存在でして……取り敢えず、純粋な魔力と精神生命体の中間の様な存在だと思って下さい」
「何だ、それは?」
 魔法を撃ちまくって満足そうな顔をしていたレイたんだか、曖昧な説明を聞いて首を傾げる。
「正式な定義は『意思またはそれに準ずる物を持っている様に観測される、世界を構成する霊的な元素』となります。理解出来なくても、精霊魔法そのものは使えるので気にしなくても良いですよ」
 実の所、精霊魔法を使う上で知識はあまり重要ではない。
「精霊魔法に必要なのは精霊との相性、そして感性です。最も才能に左右される部類の魔法ですね」
「成る程、先程の物とは違って如何にも魔法らしい魔法なのだな」
 レイたんの声が弾む。
「そうとも言えますね。さて、才能の有無とは別に特に相性の良い精霊が一人につき二種類存在します。これが俗に言う属性ですね。因みに、レイたんは風と水、私は光と闇、永久は闇と時間です」
「……何となく予想はしていたが、矢張り私は平凡そうな属性だな」
 詰まらなそうな顔のレイたん。
「まあ、あまり気にしなくても良いと思いますよ、精霊魔法自体にあまり向いていない様ですし。先程の様に試しに使ってみる事も出来ないので、精霊魔法の話はこれでお仕舞いにします。……見本くらいは見せますか」
 ライターの火を媒介に火の精霊を召還してしばらく飛び回らせた後、またライターの中に戻す。
「うむ、風情があるな」

「さて、いよいよ最後、純粋な魔力を直接操作する方式です」
「妙に嬉しそうだな?」
 どうやら、声が弾んでいたらしい。
「私の専門に近いですから」
「成る程な」
 膝の上で血を吸い始めた永久を撫でながら、話を続ける。
「さて、今言った様に、この方式は世界律制御型魔法と深い関わりがあります。世界律制御型魔法は術式プログラムを組んでそれを元に世界律に干渉するのですが、純粋魔力の制御を行う場合も同じ様に術式プログラムを組んで、それを元に魔力を操作します。分類こそ分けられている物の、技術的には同系列の物ですね」
「……中々難しげだな?」
 首を傾げる、レイたんに髪をいじられながら続きを話す。
「いえ、術式プログラムが予め用意されていれば発動自体はさほど難しくありません」
 二の腕程の長さの杖を取り出し、レイたんに渡す。
「それは、誘いの魔杖――通称見習いの杖と呼ばれる物です」
「これで魔法を使うのか?」
 杖を弄びながら、尋ねるレイたん。
「ええ、術式プログラムを用いて魔力に干渉する最後の課程だけは、どうしても感覚的な技術になってしまいます。そこで、未熟な術者の代わりに魔力に干渉し、それと同時に術者を魔術行使に適した肉体と精神に作り替える効果を持つのが、その誘いの魔杖です」
「要するに、この杖を使って魔法を使っている内に、この杖無しでも魔法が使える様になるのだな?」
 改めて分かり易い言葉で説明する必要もなく、誘いの魔杖の使い方を理解した様だ。
「ええ、杖を手に持って集中してみて下さい」
「うむ……」
 レイたんは目を閉じて集中を始めた。
「おお、頭に情報が流れ込んでくるぞ!」
 誘いの魔杖との接続は上手く言った様だ。
「灯火よ!」
 レイたんが呪文を唱えると、杖の先に小さな火が灯った。
「うむ、エターナルフォースブリザードの時とは違って、確かに自分で魔法を使っている感じがするな」
 満足そうに頷くレイたん。
「……そろそろ来ますよ」
「何が来る……む?」
 私の言葉に怪訝な顔をしたレイたんは、一刹那の後に膝の上に座っている永久に覆い被さる様に倒れた。
「初めて自分で魔力を使った後は、大抵こうなります。ゆっくり休むと良いでしょう」
「うむ……」
 永久ごとレイたんを抱きしめて背中を撫でると、彼女は安心した顔で瞼を閉じた。