奇妙な迷い人04

「む、ここは……」
 永久と二人、膝の上で丸くなっていたレイたんが目を覚ました。……気丈に振る舞ってはいる彼女だが不安が無い訳ではないのだろう、周囲を見渡して戸惑った様な声を漏らした。
「ここは私の馬車の客室。ついでに言えば、今はセイレンの街に向かっているところです。……故郷の夢でも見ましたか? 大丈夫、ちゃんと帰れますよ」
 レイたんを抱きしめ、背中を優しく撫でる。
「……魔法の練習をしていて倒れたのだったな。それと、昔の夢を見たのは確かだがホームシックになった訳ではないぞ」
 レイたんの声に、こちらを気遣って嘘を吐いている響きはない、当然の事を当然に告げる気安さがあった。
「……何気にタフですよね」
 ミルド村での情事を思い出す。トラウマ間違いなしの過酷なプレイの直後であろうと、回復魔法で体さえ治してやれば、即座に復活して続きを求める様はアンデッドを彷彿とさせた。
「ん? 一昨日の夜を思い出しているのか? お兄さんがしたければ、また好きな時にして良いぞ。……しかし、女の子にアンデッドはあんまりだと思わないか? いや、興味がない訳でもないのだが」
「だから、地の文を読まないで下さい……」
 そんな話をしていると、レイたんの横で眠っていた永久も目を覚ました。
「お早う御座います……御主人様……」
 寝ぼけ眼のまま血を吸い始める永久。
「両手に花だな」
 レイたんが耳元で呟く。
 永久に血を吸われながらレイたんを抱きしめている、今の状況を改めて考えてみると、確かに両手に花だ。
「成る程、両手に花ですね」
「だろう?」
 レイたんは擦り寄る様に体を預けてきた。子供特有の甘い香りが広がる。
 そのまま、しばし二人の甘美な感触を堪能した。

「ふう、中々良かったぞ」
「御馳走様でした、御主人様!」
 数分後、二人は私の膝から降りて座り直した。
「……妙な喪失感がありますね。永久、こっちに来なさい」
「はい、御主人様!」
 一人で座っていると何故か落ち着かないので、永久を再び膝の上に座らせる。
「む、私でも良かったのだぞ? まあ、永久たんの方がしっくり来るのかも知れんが……」
 微妙に寂しそうなレイたん。折角なので彼女も抱き寄せる。
「うむ、これで良い!」
 満足げに頷くレイたんを見て永久が尋ねた。
「麗兎さんは御主人様の事が好きなのですか?」
「ん? 好きと言えば好きなのだが……セフレや愛人になるのは良くても、恋人となると違和感がある、そんな感じだ。いやまあ、恋人が嫌と言う訳でもないのだが……矢張り違和感があるな」
 とんでもない事を、さらりと言ってのけるレイたん。……一体、どんな思考回路をしているのだろうか。
「どうしたのだ? 尻尾ではなく、耳が二股に別れてしまった猫を見る様な目をして」
 どうやら思考が顔に出ていたらしい。
「……自覚は無いのですね。それと、耳が二股に別れた猫は映像でなら見た事があります」
「流石は異世界、とんでも無いものがいるな……」
 レイたんの興味は耳が二股の猫に移ったらしい。そのまましばらく、他愛のない世間話を続けた。

「銀貨一枚……そう言えば、この辺りのお金はどうなっているのだ?」
 世間話の中で偶然先日の宿代の話が出て、一晩で銀貨一枚だったと答えたところ、この様な質問が返ってきた。
「そう言えば、説明していませんでしたね」
 それぞれ金銀銅そしてミスリルで出来た、同じ意匠の硬貨を一枚ずつ取り出す。
「これらがセシウス王国で発行されている貨幣です。銅貨が百四十四枚で銀貨一枚、銀貨十二枚で金貨一枚、金貨十二枚で真銀貨一枚になりますが、真銀貨は基本的に記念硬貨なので、実際には金貨十四枚から十五枚程度で取り引きされる事が多い様ですね」
「むう、十二進法か。少々遣りづらいな……まあ良い。それで、相場はどんな感じだ?」
 レイたんは一瞬渋い顔をしたが、直ぐに気を取り直すと相場について尋ねてきた。
「そうですね……王城勤めの文官の初任給が金貨一枚、ちょっとした宿に一晩泊まると銀貨一・二枚、食堂で昼食を取ると銅貨五・六枚と言ったところでしょうか」
「ふむふむ……物価が違うだろうから一概には言えないが、銅貨一枚が百円程度なのか? まあ、大体の感覚は掴めたから良しとしよう」
 何となくは理解出来たらしい。
「分かりましたか?」
「うむ、後は実地で覚えるとしよう」
 その後も、同じ様に世間話をしたり、流れる景色を車窓から眺めたりと、まったりしながら馬車に揺られた。

 太陽が地平線に没する頃、ようやくセイレンの街にたどり着く。
「おお、何と言うかファンタジーな感じの街だな!」
 街並みを見て嬉しそうに歓声を上げるレイたん。
「科学技術全盛の世界から来たのなら、こう言った街並みは珍しいかも知れませんね。このセイレンの街は王都を除けばセシウス王国最大の都市です。ミルド村から程近い事もあってか、コカトリス料理で有名ですね。各種商店に冒険者ギルド、魔王協会支部と一通りのインフラが整備されていますから、レイたんがいた世界の座標が分かるまでこの街でゆっくりするのも良いかも知れません」
「闇市や娼館もしっかり有りますよ!」
 私の言葉に、永久が弾む様な声で補足する。……そう言う事は言わなくても良いと思うのですが。
「冒険者ギルドとな! それはどの様な場所なのだ?」
 レイたんは冒険者ギルドに興味を持ったらしく、色白の頬を赤く染め期待で目を輝かせながら、興奮した口調で尋ねてきた。
「え、ええ、冒険者ギルドは冒険者と呼ばれる方々に、報酬と引き替えに仕事を依頼する場所です。依頼出来る仕事は、モンスター退治や旅の護衛等の危険を伴う物から、家屋の清掃や家出した猫の探索と言った他愛もない物まで多岐に渡ります」
 あまりの興奮具合に若干困惑しながら、冒険者ギルドについて説明すると、レイたんは更に興奮の度合いを増して叫び声を上げた。
「キタキタキタキタキターッ!」
「……そんなに気になるのなら、明日にでも見に行きますか?」
 私の提案に、レイたんは躊躇なく頷いた。
「是非とも!」
 冒険者とは名ばかりの荒くれ者も多いので、それなりに危険なのだが……まあ、レイたんなら大丈夫か。
「さあ、宿を探しに行きますよ」
「うむ!」
「はい、御主人様!」
 それにしても、レイたんを拾ってから今日でもう三日目になるのに、彼女から本当に元の世界に帰れるのかを改めて聞かれた事は一度もない。……少し位は心配するものだと思うのだが、気にならないのだろうか?