窓から冷たい月光が差し込んで来る。まだ夜明けは遠い様だ。
左に目を向けると、一糸まとわぬ姿の永久が私の首筋に牙を立てたまま眠っている。
……昨日――或いはまだ今日かも知れない――初めて永久を抱いた。レイたんに唆されるままに勢いで押し倒してしまったのだが、彼女は喜んでその身を捧げてくれた。
どうして今まで永久を抱かなかったのかは、今も分からない。しかし、彼女の純潔を奪った時、何か大切な物を手放したのに、手放したはずの物がそのまま再び手元に返って来たかの様な、奇妙な感覚を覚えた。
結局あれは何だったのだろう?
そんな取り留めもないことを考えながら、永久を撫でようとして、しかし、左手は永久に右手はレイたんに、抱きつかれていた事を思い出し諦める。
「ごしゅじん……さま……」
その時、永久が寝言を呟いた。傷口を擦る牙が心地良い。
得体の知れない、しかし優しく暖かい何かに満たされる様な、奇妙だが心地良い感覚を味わいながら、私は再び意識を手放した。
「さあ、いざ行かん冒険者ギルドへ!」
未だ朝霧も晴れ切らぬ頃に起き出したレイたんは、目覚めたばかりにも関わらず、冒険者ギルドに行こうと言い出した。余程、楽しみにしていたらしい。
「……まだ開いていませんよ?」
「むう」
残念そうにうなだれるレイたん。
「それに、最初は服屋に行きますよ」
「何故だ?」
心底不思議そうに首を傾げるレイたん。
「軽く調べてみたところ、レイたんの世界が見つかるのはしばらく先に成りそうでして。最初に言った一ヶ月と言うのは、かなり長めに見積もったつもりだったのですが、本当に今月一杯はこちらで過ごす事に成りそうです。その間、ずっと永久の服を着ている訳にもいかないでしょうから、何着か用意してしまおうかと」
「……すまん、手間をかける」
服屋に行く理由が自分の服を揃えるためだと知った途端に、レイたんは申し訳なさそうに俯いてしまった。普段は傍若無人な癖に妙な所で義理堅い。
「いえ、美少女に貢ぐというのも中々楽しいものですよ? それに……」
レイたんの体を舐める様に見つめながら言葉を紡ぐ。
「レイたんには楽しませて頂いていますしね」
普通の少女なら、怯えるか嫌悪感を覚えるかのどちらかであろう下劣な言動だが、レイたんはきちんと私の意図を読み取ってくれたらしい。
「そ、そうか? ……うむ、この様な美幼女を自由に出来るのだ、さぞかし楽しかろう!」
完全に遠慮が消えた訳でもなかろうが、先程よりは幾らかは明るい顔になった。
その時、私達の会話で目を覚ましてしまったのか、永久がもぞもぞと動いた。
「永久も起きてきたようですし、朝食にしましょう」
部屋に朝食を運ばせるため、枕元に置かれた呼び鈴を鳴らす。
「はい、ごしゅじんさま!」
寝起きで頭がすっきりしないのか、舌足らずに頷く永久を撫でながら朝食が運ばれて来るのを待った。
「あらまあ、可愛らしい御嬢様だこと! もしかして、新しい愛人さん?」
朝食を食べてしばらくゆっくりした後、以前に何度か利用した事のある服屋に足を向けた。店員はどうやら私の事を覚えていたらしい。
「可愛らしいでしょう? そうですね……取り敢えずは、ドレスを二着と普段着を五着、今週中にお願いします。予算は気にせずとも構いません、請求は何時もの様に魔王協会会長室資産管理部へ」
店員に注文を伝えると、妙な顔をされた。
「おやまあ、メイド服でなくても宜しいの?」
「……これは、替えの服が無かったので永久の服を着せただけです」
「あら、そうでしたの。でしたら、普段着の一着は今日中に仕上げた方が良さそうですわね」
店員はサイズを測るため、レイたんの手を引いて店の奥に歩いて行った。
「貴女、タンタロス会長に気に入られた様ね。あの人は良い人よ。……少しロリコン気味だけど」
「うむ、私は幼女なので大丈夫だ。昨日もたっぷり可愛がって貰ったぞ!」
「あらあら」
少し頭を抱えたくなる会話を聞きながら見送ると、さして間も置かずに二人は戻ってきた。
「さて、そろそろ冒険者ギルドに行きましょうか?」
服の注文も終わったので、いよいよレイたんお待ちかねの冒険者ギルドに行く事にした。
「はい、御主人様!」
「うむ、待っていたぞ!」
永久とレイたんが元気良く返事をする。
「それにしても、どんな依頼を出しましょうか」
ガイドでも募集するべきだろうか?
「む、依頼? 冒険に行くのではないのか?」
レイたんが不思議そうに口を開いた。
「嗚呼、冒険者と言えども遺跡や秘境の探検に行く様な事は稀で……何か話が噛み合っていない気がします。レイたん、冒険者ギルドはどう言う所だと認識していますか?」
妙な違和感を覚えたので、確認を取るべく尋ねてみる。
「うむ? 依頼を受けて冒険に行く所だろ?」
嗚呼、そこでしたか。
「無理にお金を稼がなくても、生活費くらいはちゃんと出しますよ」
この子は本当に妙な所で義理堅い。私はレイたんを抱きしめた。
「む、むう。まだ誤解がある様だな」
「おや?」
しばらく話を聞いてみた所、どうやら冒険に憧れていたらしい。
「確かに冒険者ギルドは、年齢性別出身に関わらず登録出来ますが……」
猫探しや下水掃除の様な依頼も無いでは無いが、レイたんがそんなものを求めているとも思えない。
「鉄扇術には自信がある。ナイフで武装したコンビニ強盗を撃退した事もあるぞ!」
何処からか取り出した鉄扇を弄びながら、誇らしそうに胸を張るレイたん。
「その鉄扇は何処から……いえ、そう言えば最初から持っていましたね」
レイたんを拾った時に、制服の中から鉄扇が転がり出てきた事を思い出した。その後、見る事もなかったので忘れていたのだが……。
「まあ、無理に止めはしませんけど」
例え死傷したとしても大抵の場合は治せる訳で、レイたんであれば多少ショキングな場面に出会しても、そう簡単に壊れたりはしないだろうから、積極的に勧める事は出来ない物の、そこまで無理に止める必要もない。
「さあ、早く行くぞ!」
こうして、レイたんに急かされながら冒険者ギルドに向かうのだった。