レイたんの服を注文してから幾らかの時間が過ぎた頃、私達は彼女の希望に従い冒険者ギルドの前に来ていた。
「おお、ここが冒険者ギルドか!」
ここに来る事を余程楽しみにしていたのか、レイたんが感極まった声を上げる。
「……恥ずかしいので止めて下さい」
冒険者ギルドを見て歓声を上げる美少女(或いは美幼女)メイドは酷く注目を集める。
「む? そうか?」
不思議そうに首を傾げるレイたん。
「余り騒ぎすぎると、悪目立ちしますよ?」
永久がレイたんを窘める。ここで話し込んでいても仕方がないので、取り敢えずは冒険者ギルドに入ってしまう事にした。
冒険者ギルドは、この世界の技術水準からすれば立派な部類に入る小さな館程の石造りの建物だ。正門から入ると受付窓口が幾つか並んでいる。私達はその中の一つ、冒険者の新規登録等を行う窓口で手続きをしていた。
「まずは、こちらの書類に名前を記入して下さい。代筆も承りますが、その場合は銅貨六枚を頂きます」
渡された書類に名前を記入する。レイたんは少し悩んでいたが、私や永久がこちらの物ではない文字で名前を書いているのを見て、故郷の文字で書く事にした様だ。
「書いたぞ、これで良いか?」
「……はい、大丈夫です。冒険者証を発行しますので、しばらくお待ち下さい」
係の女性に書類を渡すと、彼女はそれを奥に持って行った。
しばらく待っていると受付嬢は、銀色の金属光沢を放つカードを持って戻ってきた。カードの表面には名前や顔写真と共に、レベルやクラスと言った項目が書かれている。
「おお、レベルが書いてある!」
渡されたカード――恐らくは冒険者証――を見て歓声を上げるレイたん。
係の女性は微笑ましそうにレイたんを眺めながら、口を開いて説明を始めた。
「冒険者証は、依頼を受ける時や報酬を受け取る時に必要なので、無くさない様にして下さい。万が一無くした場合、再発行に銅貨二十四枚が必要になります。冒険者証に書いてあるレベルは持ち主の大まかな強さを表しており、討伐等の危険を伴う依頼はレベルによって受注制限が掛けられている事が多いので御注意下さい」
うむうむと頷くレイたん。
因みにレベルは戦闘能力と言うよりも、存在の重みとでも言った方がしっくり来るのだが……健康な人間の場合、レベルと戦闘能力に全く相関がないと言う事はまずないので、完全に間違いと言う訳でもない。
元々このレベルは、比較が難しい様々な存在の格を解り易く表そうと魔王協会で生まれた概念で、幾分不確かな基準にもかかわらず、その解り易さから広く用いられている。
「私は八レベルか、高いのか低いのか良く解らんな。お兄さん達はどうだ? 何となくお兄さんは高そうだが」
可愛らしく首を傾げるレイたん。基礎訓練を終えて部隊に配属される新兵が大体四レベルから六レベルなので、八レベルと言う数字は、彼女が幼女と呼んでも差し支えない年齢の少女である事を考えれば、いっそ異常だ。鉄扇術に自信があると言っていたのは本当だったらしい。
「九十九レベル、この冒険者証で表示出来る上限ですね。正確に計測したいのであれば、別の器具を用いる必要がありますが……まあ、今はそこまでする必要もないでしょう」
高位の魔族等が、人間用の器具でレベルや魔力を計測した場合、この様にカンストしてしまって正確に計測出来ない事も多い。
私に続く様に永久が口を開いた。
「七十五レベルでした。でも、御主人様や私は戦闘能力に直接影響しない部分での加算が大きいので、余りレベルを当てにしないで下さいね?」
七十五レベルと言えば英雄クラスのレベルだが、永久の戦闘能力は二十レベル前後の冒険者と同程度だ。
私も、九十九レベルの冒険者程度ならばどうとでも出来るだろうが、実際のレベルと、戦闘能力の比率は永久と同じ様な感じになる、或いは更に酷いかも知れない。
これは戦闘を生業としていない高レベルの者には珍しくない、レベルは必ずしも戦闘能力だけを評価しているわけではないのだ。
極端な例だと、ひたすら円周率を暗記し続けて三レベルから六十二レベルまで上がった者も存在する。
「これで、あなた方の冒険者登録は完了しました。依頼を受ける場合は、あちらの掲示板から依頼書を剥がして、依頼受注窓口までお持ち下さい」
微笑ましそうに私達を見ていた受付の女性は、頃合いを見計らって手続きの終了を告げた。
さて、レイたんが期待に満ちた目でこちらを見上げている事だし、依頼を探しに行くとしようか。
「思った以上にカオスだな……」
「……確かに、此処までとは思いませんでした」
「御主人様、魔法学者の募集がありますよ?」
依頼を張り出してある掲示板を見た私達は、余りの混沌振りに呆れていた。
確かに、魔物討伐や隊商の護衛と言った依頼もそれなりにあるが、家の掃除や店番は当たり前、果ては、人体実験用の検体や魔物の繁殖用母体と言った物騒な物まで、異常にバラエティー豊かだ。
「……取り敢えず、このゴブリン退治の依頼でも受けましょうか」
「そうだな……」
「はい、御主人様!」
異様な依頼書達を眺めていても仕方がないので、如何にもな感じのゴブリン退治の依頼を受ける事にした。場所はこの街から馬車で半日程の村、数は推定五匹で報酬は銅貨六十枚。ゴブリンは、極稀に人間の女性を誘拐して、繁殖用母体に用いる事例が報告されている事が、不安と言えば不安だが、余程の事がない限りゴブリンに不覚を取る事は無いだろうから、特に心配する必要は無いだろう。
それにしても、永久はあの異様な依頼書群が気にならないのだろうか?