冒険者ギルドで戒兎に出会った後、彼とゆっくり話し合うために近くの料理店に移動した。
「さて、そろそろ話して貰いましょうか」
注文と自己紹介を終え、彼に話を促す。
「分かった。僕がこっちに来たのは二年前、十四歳の時だ……」
彼の話を要約すると、ある日、突然この世界に来て、言葉も分からずに途方に暮れていたところを冒険者の女性に拾われ、今ではその女性と一緒に冒険者をしているのだとか。
「何と言うテンプレ」
戒兎の話が終わるなり、そんな事を言ったのはレイたん。生き別れの兄に再会出来たと言うのに、相変わらずの様子だ。
「確かにそうだけどさあ……。折角再会出来たんだから、もう少し何か無いのかい?」
「いや、それ以外に言い様が無かろう」
眺めていても仕方がないので、本題を切り出す。
「それで、元の世界に帰りたいのであれば、レイたんを帰す時に一緒に送りますが、どうしますか?」
「へ、帰れるんですか?」
帰れるとは思っていなかったらしく、目を見開く戒兎。
「ええ、この世界ではマイナーですが、世界を渡る術は確かに存在します。現在、座標の特定に少々手こずっていますが、それも一月もすれば終わるでしょう」
この世界では魔王協会が異世界の組織だと言う認識が薄いため仕方が無いかもしれないが、彼が持っているだろう冒険者証に搭載されたレベルシステムも、世界間移動術を用いてこの世界に持ち込まれた物なのだが。
私は「どうします?」と改めて問うが、戒兎は答えなかった。二年も暮らしていれば、それなりに愛着もあるのだろう。
「まあ、直ぐに決める必要もありません。さて、料理も来た事ですし、食べましょうか」
話を打ち切って食事を始めたが、彼の顔が晴れる事はなかった。
「良かったのですか? 付いて行かなくて」
戒兎と別れる時、レイたんは彼の一緒に暮らさないかと言う提案を断った。
「いや、お兄さんの所の方が生活水準が高い気がして」
「……分からなくもありませんが」
確かに、基本的には生活が安定しない、冒険者である戒兎の所よりも、私の所の方が生活水準は高いだろう。しかし、それを理由に兄の誘いを断ってまで、私の所に居ると言うのはどうなのだろうか。
「それに、少なくともこの世界にいる間は簡単に会えるだろうからな」
ぽつり、と付け加える様にレイたんは言った。素っ気ない対応をしてはいたが、全く気にしていなかった訳でも無いのだろう。
「そう言えば、さっきからこちらを睨んでいるあの集団は何だ?」
レイたんの指す方向を見ると、『奴隷制度反対』『労働には正当な対価を』『変態は死ね』などと書かれたプラカードを掲げる集団がいた。
「嗚呼、あれは奴隷解放を掲げる人権団体ですね。私が幼い少女を買うのはその筋では有名なので、目の敵にされているのです」
「私を無理矢理御主人様から引き離そうとしたり、知り合いの奴隷商人さんの家を襲ったりするのですよ!」
私の言葉に続いて、永久が珍しく声を荒らげる。永久は奴隷解放団体の事をあまり良く思っていないらしい。
「中々に過激だな」
レイたんが相槌を打つ。奴隷解放団体の全てがそこまで過激な訳ではなく、むしろ穏健派の方が多いのだが、永久が言う様な過激な団体もそれなりの数に上る。因みに目の前の団体は、市民に奴隷制度の非道を訴え、奴隷制度廃止の風潮を起こそうとしている比較的穏健派の団体だったはずだ。永久は更に言い募ろうとしたが、それを手で征する。
「ここで話し込んでいても仕方がありません。移動しましょう」
「はい、御主人様♪」
少しはごねるかとも思ったが、永久は思いの外素直に頷いてくれた。
「お久しぶりですな、本日も色々と取り揃えておりますぞ。こちらの娘は初物です」
小太りの男は、永久やレイたんよりは幾らか年嵩に見える少女を示した。
「今日はこの子の案内です。……永久、奴隷の衝動買いはやめなさい」
財布を開こうとする永久を押さえながら、レイたんを見せる。
あの後、奴隷制度がどの様なものなのか見たいと言うレイたんの希望を叶えるべく、裏通りの奴隷商人の所に来ていた。
「案内と言いますと……もしや、買い取り希望ですかな?」
「いや、観光だ。奴隷制度の無い国から来たから気になってな」
商人の勘違いをレイたんが正す。
「おや、そうで御座いましたか。それでしたら、記念に一人如何ですかな? 国に連れて帰れないのでしたら、帰る時に売り払うなり殺してしまうなりすれば大丈夫ですぞ」
そう言って笑う商人。
「むう、そうしたいのは山々だが、私自身お兄さんに保護されている身でな。あまり迷惑をかける分けにも行くまい。」
レイたんは心底残念そうに言った。……別に奴隷くらい買っても良いのだが。
「タンタロス会長はお優しいですから、頼めば奴隷の一人や二人は買って下さると思いますぞ。ねえ、会長?」
私に向かって揉み手する商人。
「レイたん、彼の言う様に奴隷の一人や二人、大した事は有りませんから、我慢しなくても良いのですよ?」
諭す様に語りかける。この子は訳の分からない所で律儀だ。
「そう言ってくれるのは有り難いのだが、どうしても気が引けてしまうのだ」
レイたんは何処か申し訳なさそうに言った。
「まあ、無理にとは言いませんが……」
こうも遠慮されると、何処か寂しい気持ちになる。
「ところで店主、奴隷とは幾ら位する物なのだ?」
レイたんは話を打ち切ると、店主に問い掛けた。
「そうで御座いますね、最近は平和で奴隷も高騰しておりますから、一番安い部類の男奴隷でも銅貨七十二枚前後はいたしますな」
商人の言葉に、レイたんが疑問の声を上げる。
「平和だと高くなるのか?」
その問いに答えたのは永久だった。
「奴隷の主な供給源は戦争捕虜ですから。それに、平和で余裕が出来れば愛玩奴隷の需要も上がりますしね」
「成る程な。――例えば、私なら幾ら位になる」
レイたんは永久の言葉に頷くと、店主に訪ねる。
「ふむ、御嬢様でしたら、処女ならば金貨七十二枚、そうでなければ半値程で買い取らせていただきますぞ」
商人はレイたんを軽く見ると、そう答えた。
「ほう、金貨三十六枚か」
暗に処女では無いと告げるレイたん。
その後、しばらく話していると日も傾いてきたので、服屋でレイたんの服を受け取り、宿に帰った。