「美味しいですね、御主人様!」
山と積まれた茶菓子の一つを手に取り、口に運ぶ永久。
「喉に詰まらせない様、ゆっくり食べるのですよ」
少々ペースが早い様に思えたのでたしなめる。
「はい、御主人様!」
永久は素直に頷く。
偶にとんでも無い量を口に入れようとするので油断出来ない。
秋葉原観光の翌日、慌ただしくレイたんの買い物に付き合わされた昨日とは一転、今日はこの国の古都京都をゆっくりと見て回っている。
有名な観光名所に行けば人も多いのだろうが、昨日の埋め合わせの積もりなのか、レイたんは穴場を中心にゆったりとした日程を組んでいた。
「ここの茶と茶菓子はお気に入りでな、京都に来る度に足を運んでいるのだ」
御茶をすすりながらそう語るレイたん。
確かに茶も茶菓子も大変に美味で、これならば多少寄り道になっても足を運ぶ価値はあるだろう。
これだけの名店にしては客が少ない気がするが、ゆっくり茶を楽しむのには向いているのだから、問いただすだけ野暮か。
「そう言えば、お兄さん達はどう言った理由で旅をしているのだ? 結構長く旅している様だが」
三人でまったりしていると、レイたんがこんな事を聞いてきた。
「そうですね、今となっては単なる趣味でしか有りませんが、最初は、一度滅んだ世界がどの様に再構成されたのかを見て回りたかったからです」
別に見るだけならば、わざわざ現地に行く必要も無いのだが、旧世界が滅んで以来、延々と眠り続けてきた私は、自らの足で世界を回りたいと思ったのだ。
……ただ単に暇だったのも有るが。
「……予想以上にハードな人生を送っているのだな。ところで旧世界とは何だ? 随分と面白そうな話だが」
問うレイたん。
良く見ると、横では永久も興味が有るのか、いくらかの期待を込めた瞳でこちらを見つめている。
「そう言えば、永久にも話した事が有りませんでしたか。――少し長くなるかも知れませんが、構いませんか?」
折角なのでこの機会に話してしまおうと思い、二人に確認を取る。
「うむ! おばちゃん、茶と茶菓子を追加だ!」
「はい、御主人様!」
話が長くなるとの言葉に、茶と茶菓子を追加注文するレイたんと、元気良く頷く永久。
――では、語るとしましょうか。
「まず旧世界とは、言葉通りに今の世界が出来る前に存在していた世界で――ついでに私の故郷でも有ります」
二人も、この程度は感づいていたのか、特に口を挟む事もなく話を促す。
「詳細は省きますが、私は旧世界の末期に、ある国の王族として生を受けました」
この辺りまでは、何時か永久には話した事があったはずだ。
永久は引き続き頷いている。
「成る程、何となく良い家の出かとは思っていたが、王族とはな」
レイたんは僅かに驚いた様にも見えたが、さして間を置かず納得した様に頷く。
「続けますよ? 旧世界などと呼ばれている辺り、もう分かっているとは思いますが、色々あって旧世界は滅びました」
幾ら何でも端折りすぎたかも知れないが、ここを詳しく話すと長くなりすぎて別の話になってしまう。
「いや、流石にもう少し話して欲しいが……まあ、別の機会にゆっくり聞かせて貰おう」
レイたんは不満そうな表情を浮かべたが、直ぐにいつもの調子に戻ると、続きを促す。
「――続けますよ? 旧世界が滅んだ後、何だかんだで生き残った私は、世界がある程度形を取り戻すまで眠っていました」
自ら世界を再構成すると言う選択も考えなかった訳では無いが、あの時は失った物の重さに潰されてしまいそうで、大まかな方向性を定めるまでが限界だった。
「そして久しぶりに目覚めた時、以前とは幾分変わってしまったとは言え、見事に形を取り戻した世界に懐かしさと感動を覚え、新しい世界の隅々までを自らの足で見て回りたいと思い、旅を始めたのですよ」
特に、一部の地域がほとんど形を保ったまま独立した世界になっていたのには驚きを隠せない。
何時か、永久がビフレスト条約に巻き込まれて魔法少女役を演じた際に、ライバル役の娘との最終決戦の場所として選ばれた旧エンブリオ領はその一つだ。
「成る程、やけにスケールが大きかったが、お兄さんなら普通に有り得るからな。特に疑いはしまい」
突拍子もない話だったにも関わらず、あっさりと納得するレイたん。
案外、無意識の内に話の真贋を見抜いているのかも知れない。
レイたんの異能ならば、そう言った事も十分に有り得る。
「……まて、私の異能とは何だ?」
話が終わり、一息付こうとしたところで、レイたんから疑問の声が挙げる。
「自然に使っているので、自覚しているものだとばかり思っていましたが……、改めて考えてみれば、生まれた時から持っていると、中々、特別な物とは認識し難いかもしれません」
発火能力の様な分かり易い異能ならば、嫌でも周囲が気付くだろうが、レイたんが持っている様な認識系の異能は余程の事が無い限り、少し変わった子だと思われて終わりだろう。
「どんな異能なのだ?」
期待に満ちた目で見つめて来るレイたん。
「傍観の異能などと呼ばれる物で、世界の内側にありながら観測者の視点で世界を俯瞰出来ます。主に地の文を読むための異能ですね」
私の答えを聞いたレイたんは、酷く微妙そうな顔で呟いた。
「……単なるメタ発言かと思っていたら、そんな設定があったのだな」
自分で言った事にしては妙な感想を持っていたレイたん。
実の所、傍観の異能の持ち主には結構有り勝ちな事だ。
この異能の持ち主は、しばしば主観と客観が曖昧になるらしい。
少し横を見ると、永久は意味が分からないと言った顔で首を傾げている。
……そう言えば、永久はこの手の話を認識出来なかったか。
この手の話は、認識出来ない相手には、どれだけ話しても何故か微塵も理解して貰えないのだ。
仕方が無いので永久の頭を撫でると、心地よさそうに目を閉じてすり寄って来た。
隣ではレイたんがどこか羨ましそうな目でこちらを見ていたので、もう片方の手で撫でると、同じ様にすり寄って来る。
二人の少女を撫でながら空を見上げると、そこには身を投げて沈んで行きたくなる様な、酷く透き通った紺碧があった。