レイたん達の世界に来てから月が半周期程巡る頃。
あれから、レイたんの案内で観光地を中心に彼方此方を見て回った。
……平然と私達の偽造パスポートを入手して来た時は驚いたが、レイたんだからと言う事で納得する。
そんな生活の中、何日か前に戒兎はあの世界で一生を終える事を決めて旅立っていった。
向こうでの生活基盤は有るそうだし、一応の餞別も渡して置いたから、少なくとも当面は何とかなるだろう。
「お兄さん、頼みたい事があるのだが聞いて貰えるか?」
いつもの様に朝食を食べた後にくつろいでいると、やけに改まった様子で尋ねてくるレイたん。
「聞く位は構いません。もちろん、返答は聞いた上で考えさせて貰いますが」
何となく無理難題を突きつけられそうな気がしたので、釘を刺して置く。
「ぬう、相変わらず信用が無いな……まあ良い、実は私もお兄さん達の旅に連れて行って貰いたいのだ」
レイたんの言葉は予想外だったが、反面、何処かレイたんらしい物でも有った。
「……一応、理由を聞いて置きましょうか」
殊更に断る理由は無いが、一応は聞いて置いた方が良いだろう。
「うむ。実はな、この家に戻りたかった理由の大半は、戒兎兄上を待つためだったのだ。戒兎兄上がこの家を出て例の世界に永住する以上、この家に拘る意味はもう無い」
想像していたよりは、幾分重い理由を語るレイたん。
「成る程、理由は分かりましたが、そう言う事なら戒兎に付いて行こうとは思わなかったのですか?」
戒兎ならば断る事も無いだろうから、敢えて私達に付いて来ようと言うのは、些か不自然だ。
「それも考えなかったわけでは無いのだが……矢張りお兄さんと一緒の方が落ち着くし、楽しそうだったからな。……駄目か? もちろん雑用や夜伽もするぞ?」
レイたんは珍しくも必死さを滲ませながら上目遣いに見つめてくる。
「……もう気付いているとは思いますが、私も永久も普通の人とは幾分異なった時間を生きています」
私自身は事実上の不老不死であるし、永久に関しても老いとは無縁だ。
「うむ、その様だな」
だからどうしたとでも言いたげに頷くレイたん。
「人が、私達の様な存在の暇つぶしに付き合って時を費やすのは、剰り奨められる事ではありません。月並みな言葉ですが、人は人として生き、人として死んで逝くのが一番です」
慣例なので一応止めては見たが、これでレイたんが考えを変えるとは思えなかった。
「……まさか、棒読みで止められるとは思わなかった。だが、そんな止め方をして来るとなると、付いて行っても良いのだな?」
どうやら棒読みになっていたらしい。
「レイたんの場合ここで断っても、何処か別の所で妙な事に首を突っ込むのが見えていますから。それなら、いっそ目の届く所に置いて置いた方が安心です」
溜息と共に告げる。
人が人の枠を外れるのも、それはそれで才能がいるものだ。
……幸か不幸か、レイたんはそう言った才能に満ち溢れている様で、このまま普通に人生を全う出来るとは到底思えない。
「いやいや、私はお兄さんの中でどう言う認識をされているのだ! ……否定は出来んが」
有る程度の自覚はあったらしい。
「まあ、そう言った訳で、これからも宜しくお願いします」
少しだけ改まって、軽く会釈する。
「うむ、こちらこそ宜しく頼む!」
とても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべて頷き返すレイたん。
こうして、私達の旅にレイたんが付いて来る事になった。
「そう言えば、この世界には魔法やそれに類する物は無いのか?」
レイたんが付いてくる事になったからと言って、まさか直ぐに出発する訳も無く、御茶をすすりながらくつろいでいると、こんな事を聞かれた。
「一般人には秘匿されているものの、裏を覗けばそれなりに有るそうです。この国だと、京都の方を中心に陰陽術と呼ばれる独自の魔術が伝承されている他、魔族と契約して力を得た悪魔能力者と呼ばれる存在が夜な夜な戦いを繰り広げているそうですよ」
「……面白そうな事は、案外、身近に転がっている物なのだな」
何処か呆れた様に返すレイたん。
「付いてくるのは止めますか?」
横から永久が首を突っ込んでくる。
「いや、この世界にも楽しい事は幾らでも有るのだろうが、それでも私はお兄さん達に付いて行きたい。ここには、思い出が多すぎる……お兄さんとの二人旅を邪魔してしまって、永久たんには少し悪いがな」
レイたんの言葉に、永久は頬を薄く染めて俯いた。
「時に、この世界から発つ前に悪魔能力者とやらを見てみたいのだが、どうすれば会えるのだ?」
唐突に話題を変えるレイたん。
陰陽師は良いのだろうか?
「夜な夜な路地裏で戦っているそうですから、認識阻害程度は使っているそうですが、意識して探せば探せば割と簡単に見つかると思いますよ」
実の所、これまでにも気配を感じた事は何度もあった。
「よし! 今夜見に行くぞ!」
威勢良く宣言するレイたん。
……魔族と自分から契約するような人間は、大抵が危険人物なのだが。
「ば…馬鹿な、俺の無限死葬曲(アンリミテッド・ボーンダンス)を無傷で受け止めるだと!」
出会い頭に、私達に向けて無数の骨の槍を放った悪魔能力者の少年が驚愕の表情を張り付けた顔で叫ぶ。
因みに、契約した魔族の力を取り込んでいるらしく、彼は黒い骸骨をこねくり回した鎧を身にまとったかの様な姿をしている。
「気を付けろ! 奴は確実に貴族級魔族だ! あれだけの魔力、最低でも伯爵級、場合によっては侯爵級や公爵級……最悪魔王級の可能性すら有る! くそっ! 何でこんな所にあんな化け物がいやがるんだ!」
少年の肩に乗っている手の平サイズの魔族が叫ぶ。
「……やけに説明的な台詞だな」
ポツリと呟くレイたん。
「……序でに戦っていきますか?」
明らかに向こうが戦う気満々なので聞いてみる。
「いや、ここで迂闊に戦うと変なフラグが立つ可能性がある。……もう手遅れかも知れないが」
「……では、帰りましょうか」
「……うむ」
彼らがこちらを警戒して、動きを止めている間にさっさと帰る事にした。
……少しだけ、彼らには悪い事をしたかも知れないとの考えが過ぎったが、気にしない事にする。
その後、私達はレイたんの身辺整理を待ってこの世界を後にした。
さて、次はどんな世界に行こうか?