「次はどんな世界に行くんですか、御主人様?」
レイたん達が住んでいた世界を後にして、次の世界へ向かう道すがら、何時もながら捕らえ所の無い空間を進んでいると、永久が聞いて来た。
「物資の補充がてら、久しぶりに虚空ノ都に寄る予定です。色々と確認しておきたいものも有りますから」
あの団子屋はどうなっているだろうか?
「虚空ノ都とはどんな所なのだ?」
永久の横から顔を出したレイたんが尋ねる。
「この近隣では最も技術レベルが高い部類に入る世界で、魔王協会とも縁の深い世界です。……縁が深いどころか、虚空ノ都を統治しているのは魔王協会だったりしますが」
虚空ノ都に置ける文明の発生には魔王協会が大きく関わっており、その名残で現在も魔王協会の暫定統治機構がそのまま統治を行っているのだ。
「それは……本当に暫定なのか?」
訝しげな声で地の文に突っ込むレイたん。
「実際にはすっかり根付いてしまっていますが、そのままにして置いた方が便利なのでそのままにしてありますが」
色々と建前も有るにはあるのだが、暫定のままにして置いた方が口を出し易いからと言うのが本音だったりする。
「……魔王協会、黒いな。いや、大きな組織ならこの位は普通なのか?」
レイたんはげんなりした顔で呟く。
「何処に行っても大体はこんな感じですよ?」
永久は首を傾げている。
「まあ、あまり気にしない方が良いでしょう」
ぶつぶつ呟くレイたんを横目に見ながら、馬に鞭を入れる。
……馬から帰ってきた殺気は気付かなかった事にした。
「これが魔石……宝石っぽいくせに微妙に夢の無い形だな」
直方体にカットされた魔石をしげしげと眺めながらぼやくレイたん。
「……まあ、実用品ですからね。どうせ魔力が切れたら捨てる訳ですから、形に凝っても仕方ありません」
日用品の動力源として使われる人工蓄魔石は基本的に角を落とした直方体である。
昔は球体の物も出回っていたのだが、直ぐに転がっていってしまうせいか、はたまた加工に手間がかかるせいか、最近はあまり見かけない。
「……夢の無い話だな」
ため息を付くレイたん。
「……念のために言っておくと、別に我々は御伽噺の世界で暮らしている訳有りませんからね」
何となく勘違いしている節が有ったので指摘しておく。
「そうだな、大人向けとまでは行かずとも、もう少し対象年齢の高い……そう、若者向けの物語の様だな」
何処かずれた返事を返すレイたん。
窘めようとして思い出す。
そう言えば、彼女は傍観の異能の持ち主だったか。
レイたんには、世界が真実物語の様に見えているのだろう。
「どうした? 妙な顔をして。……いや、矢張り言わなくて良い。墓穴を掘りそうな気がする」
自己完結しているレイたんの言葉を聞き流しながら風景に目を移すと、青い半透明の素材を外壁に使用した、画一的で没個性な建物が並んでいる。
この美しいが無味乾燥な街並みは、毎日見ていれば直ぐに飽きてしまうだろうが、偶に見る分には悪くない。
「……泣いていない。……泣いてなんか居ないんだからな?」
実は構って欲しかったのか、レイたんが涙目で見つめて来る。
「……すいませんが、傍観の異能を自覚してから更に妙な言動が増えて、もう私には突っ込みきれません」
「……この能力、役に立たない所か、むしろ邪魔になるのではないか?」
涙を拭いながら上目遣いに尋ねるレイたんに、不覚にもときめいてしまった。
レイたんの世界の言葉の萌えとは、こう言った時に使うのだろうか?
「確かに、傍観の異能は認識障害や人格障害の一種と捉えられる事が有りますね」
さほど深刻なものでは無いものの、傍観の異能の持ち主はいささか独特な感性を持っている場合が多く、意志疎通に苦労する局面がしばしば有る。
「認識障害に人格障害……散々な言われ様だな」
……少し位は慰めようか。
「確かに少し話し難い所は有りますけど、レイたんのそう言う所、私は結構好きです」
「……有り難う。お世辞でも嬉しいぞ」
レイたんは何処か投げ遣りに呟くと、コトンともたれ掛かって来た。
仕方がないので頭を撫でやると、一瞬気持ちよさそうに目を細めた後、何かに気付いた様に目を開き、微妙そうな顔で呟いた。
「……もしや、これが彼の有名なナデポなのか?」
その後、しばらくは何やら難しい顔で考え込んでいた物の、そのまま撫で続けていると、やがて一つ大きなため息を付いて目を閉じた。