奴隷の少年02

「そう言えば、お兄さん達の所の奴隷とはどの様な存在なのだ?」
 虚空ノ都の央都近郊に有る私の別荘でくつろいでいると、レイたんにこんな事を尋ねられた。
「……相変わらず唐突ですね。急にどうしたのですか?」
 私の記憶が確かならば、つい先程までレイたんは永久とアンデッドに死化粧を施すかどうかで議論を戦わせていたはずだ。
 さっぱり繋がりが見えない。
「実は結構前から気になっていたのだが、微妙に聞き難くてな」
 レイたんはそこで言葉を切ると、疑問を抱くに至った理由を話し始めた。
「お兄さん達から漏れ聞こえて来る話しを聞く限りでは、概ね主の所有物扱いの様だが、その割に永久たんがお兄さんの奴隷である事とは別に色々と肩書きを持っている辺りで分からなくなってな。折角だから一度しっかりと聞いて置こうと思ったのだ」
 今更だが、永久はしばらく前に発行した、魔王協会会長室付き臨時特務執行官の他にも幾つかの肩書きを持っている。
 前述の臨時特務執行官の様に、私が便宜上発行した物もあるが、私とは関係の薄い、純粋に永久自身に帰属する物も少なく無い。
 ……中々に物騒な物が多く、悩みの種になっていたりもするのだが。
 閑話休題。
「では、そうですね……現在の魔王協会を中心とした世界に置ける奴隷制度の起源は、旧世界聖王国時代初期の聖騎士達が聖王に対して行った騎士宣誓だと言われています」
 しっかり話を聞きたいとの事なので、奴隷制度の成り立ちから順を追って説明する事にした。
 最初にこれを知ったときは私も驚いたものだ。
「……予想の斜め上を行く発言だな。何があったら聖騎士から奴隷に繋がるのかさっぱりだぞ」
 案の定と言うべきか、レイたんも訝しげな視線を向けて来る。
「……疑うのも無理はありませんが、実際にこれが定説です」
「……当然、どう言う経緯が有ったのかは説明してくれるのだよな?」
 どこか言い訳の様になってしまった。
 レイたんの視線も些か温度を下げたよう感じる。
「何時の頃からか、聖騎士達以外の一般の人々の間で騎士宣誓を模した宣誓や契約を行う風習が生まれたそうです。恋人や夫婦間で一風変わった愛の誓いとして行われ始めたとされています」
 そう言えば、永久にこの話をした時はやけに食いついていた。
 彼女は時折、妙に倒錯的な嗜好を持っている気がする。
「そこまでは、まあ良かったのですが、更に時代が下がると、自身が勤める企業に対して宣誓を行う者が現れまして……」
「……何となく読めて来たぞ」
 レイたんも何処かげんなりした顔で呟く。
「ええ、そこからはもう直ぐです。生涯雇用と引き替えに従業員に宣誓を強要する企業が現れたり、宣誓を行う事に同意した労働者の仲介業者が生まれたり、企業だけではなく個人にも仲介を行う業者が出て来たりで、ほんの数年で事実上の奴隷制度が完成したそうです」
「……碌でも無い話だな」
 二人で顔を見合わせて溜め息を付く。
 永久だけは不思議そうな顔で首を傾げていた。

「その後、旧世界の滅亡と共にこの奴隷制度も自然消滅したのですが、数千年前、商人王ドルクが全時空奴隷商人連盟の立ち上げに際して、旧世界の奴隷制度を参考に内規を作成し、それが近隣の世界に徐々に広がり今に至ります。歴史はこんな所ですが、ここまでで質問は有りますか?」
 何時の間にか側に置かれていた紅茶を口に含む。
 極上とは行かないものの、話の傍らに嗜むには悪くない茶だ。
 恐らく淹れたのは永久だろう。
「思っていたよりも大分妙な成り立ちだったのだな。ふむ、商人王や全時空奴隷商人連盟が気になる所だが……矢張り、その辺りを詳しく聞くとなると、それなりに時間がかかるのだろうな」
「そうですね……どの程度詳しく話すかにもよりますが、簡潔にまとめたとしても、熱い御茶がすっかり冷めてしまう位の時間は必要でしょう」
 レイたんの予想通り、奴隷の話をしている最中に挿話として語るにはその話は些か長く複雑だ。
 本当は通り一遍の説明であれば直ぐに終わるのだろうが、その程度の事であれば逆に名前から分かってしまうため説明する意味が無い。
「うむ、またの機会に聞かせて貰うとしよう。では、いよいよ今の話だな! 私はこう言う設定語りが結構好きなのだ!」
 やけに嬉しそうなレイたん。
 レイたんは、どうにも自分達を物語の登場人物の様に捉えているらしい。
 積層世界論や環状世界論の立場に立つのであれば、別に間違っている訳では無いのだが、世界の内側に在りながら、直感的にそれを理解するレイたんの感性は矢張り異質だ。
「どうしたのだ?」
 少し長く考え込みすぎたらしい。
 レイたんが少し心配そうに顔を覗き込んで来た。
「……いえ、何でもありません。確か、奴隷制度の歴史について一通りの説明が終わった所でしたね」
「うむ。所で聖騎士などと言う大袈裟な物が元になっている割に、主の所有物扱いと言うのは少し違和感が有るが、その辺りはどうなっているのだ?」
 それなりに多くの人が持ちそうな疑問だが、真相は案外単純だ。
「嗚呼それは、聖騎士は聖王に身も心も捧げた聖王の所有物である、と言う建前だったのがそのままスライドして来ただけです。……聖騎士自体も聖王国時代の末期――私が生まれた頃には名実共に所有物扱いでしたが」
 むしろ、子供の頃は奴隷の一種としか認識していなかった。
「……最後の辺り、中々アレな話だな」
 昔の私と概ね同じ感想を述べるレイたん。
「来歴の名残が感じられる部分も、無い訳では無いのですがね。例えば、奴隷側に余程の問題が無い限り、主の側から一方的に奴隷契約を解除する事は出来ず、双方の合意が必要です」
 もっとも、奴隷側が解放を拒むのは、かなりのレアケースなのだが。
「成る程な。そうだ、奴隷に子供が出来た場合はどうなるのだ? 生まれてからしばらくは直接間接に主の庇護下に入らざるをえないとは思うが……」
「原則として、そのまま親の主人の奴隷になります。聖騎士が代々聖王家に仕えていた事にあやかっていると言われています。もっとも、両親が同じ主の奴隷ならば何も問題は無いのですが、もう片親が自由民だったり、あるいは他の主の奴隷だったりすると、大抵は話がこじれますね」
 元来、聖王以外に仕える聖騎士などいる訳が無く、比較的初期から存在した問題なのだが、一向に解決する兆しは無い。
「生まれて来た子供を真っ二つに切って半分ずつ持ち帰った、なんて言う話も有ったりします」
 敵対している貴族同士の奴隷が子供を作った時の話で双方一歩も譲らず、裁定に入った賢者が先に手を引いた方に子供を託せば子供に取って良いだろうと考えてこの様な提案をした所、争っていた両者が、それならば良いだろうと納得して哀れ子供は二つに裂かれてしまったらしい。
 賢者には両家から褒美が提示されたが、結局受け取らなかったとのことだ。
「……大岡裁きで実際に切った話は初めて聞いたぞ」
 レイたんは似た様な話を幾つか知っているらしい。
 レイたんの知っている話では、子供は切り分けられなかった様で、声には呆れが多分に含まれている。
「まあ良い。それはさて置き、奴隷と主の間に子供が産まれた場合……お兄さんが永久たんを孕ませた様な場合はどうなるのだ?」
「基本的には子供をどう扱うかは主の自由で、大抵は自身の子供として扱うか奴隷して扱うかを選ぶことになりますが、殺してしまったり、出自を隠して他人に預けたりする事も珍しくは有りません。変わり種では、表向きは自身の子供として扱いながら、奴隷としての手続きは済ませて置くなんて事も有ります」
 他の事例に比べれば話が拗れにくいと言えるだろう。
「お兄さんが永久たんを孕ませた時はどうするつもり……いや、これは聞かないで置こう。何か物凄く倒錯的な答えが返って来そうだからな」
 ……レイたんは私の事を何だと思っているのだろうか?